第2章 痛がりな僕らと声なき恋(天童覚)
お ま け
勝利の余韻残る、木枯らしの夜。
いつのまにか降りだした雨は、いつのまにか止んでいた。
コーチ行きつけの食堂で祝賀会をした帰路のことだ。私の足どりは羽よりも軽かった。
大きな郵便局を目印に、緑豊かな公園のなかを進む。るんるん気分で自宅に辿りつき、自動ドアのオートロックを解除しようと手を伸ばす。
伸ばそうとして、盛大に硬直した。
「えっ、朱花ちゃんって烏野のマネだったの!? そんなの聞いてないよ!?」
「だって言ってないもの。それに、私だって覚が高校生だなんて聞いてない」
なななんで五番の彼がここに?!
しかも、女性と一緒だ。
とても、非常に、お美しい女性と仲睦まじそうにエレベーターホールから出てくるではありませんか! WHY?!
一瞬にしてパニックだった。
ともかく、この身を隠さなければ。見つかったら襲われるかもしれない。いや確実にやられる。消される。この世からさよならさせられる。私の命が由々しき事態である!
ほぼ涙目で身を隠した先。
エントランスから外に向かって伸びている植えこみの、心許ない緑のうしろ。これでもかと身を屈めて、茂みの陰から五番さんの様子を窺う。
その、刹那だった。
惨劇が起きた。
ぐりん!!!
五番さんがこちらを見たのだ。
ちょっとありえない角度に首をひねって、あの、なんともいえない赤色の瞳でこちらを見つめてくる。睨んでくる。狙いを定めてくる。殺される……!
私はある種の覚悟を決めた。
決めた、のだけれど。
(あ、れ、……?)
五番さんは襲いかかってこなかった。
それどころか、笑んだのだ。
その目元に優しげな色さえ浮かべて。
し、と唇に当てられた人差し指。
添えられたのは軽やかなウィンク。
美しい女性の腰を自らのほうへ引き寄せて去っていく背中は、びっくりするくらいの色香に満ちていて。
私もいつか、あんな風に誰かと、だなんて。そんなことを考えてしまって顔が熱くなった。火照った頬に、冷たい風。
遠くで響くのは聖夜の鐘だろうか。もうすぐ、恋人たちの季節がやってくる。
完
●痛がりな僕らの声なき恋
○イシンデンシン