第2章 痛がりな僕らと声なき恋(天童覚)
彼は、覚は、目に見えない言葉を拾おうとする癖があった。ひとの裏側に隠れている本音が分かるのだ。しかもほとんど正確に言い当ててしまう。
鋭すぎる勘と、観察眼、それから臆病な彼自身(こころ)がそれを可能にさせているようだった。
「……別に、嫌なことなんて何も」
「うそつき」
「っ、嘘じゃな「それもうそ」
以前、彼に聞いたことがある。
幼いころに経験したイジメの話だ。「──友だちなんかひとりもいなかった」あくまで淡々と、でもどこか苦しげにこぼしていた横顔が忘れられない。寂しそうな声音。
「嘘じゃないってば」
「うそつくの下手だねェ」
「……嘘じゃないもん」
「おやまあ強情だこと」
彼は、ひととの距離が近くなるのを極端に嫌う。物理的にではなくて、精神的な距離のおはなし。「心を開いたところでロクなことがないし」そう語った横顔は、やっぱりどこか苦しげだった。
知っているのだ。
心ない言葉に刺され、傷つく痛みを。それがどれほど痛いか知っているから、他者と一定の距離を置こうとする。本当の自分は決して見せようとしないし、触れさせない。
普段の彼がわざとらしくおどけてばかりいるのは、そのせいだった。
「やなことがあったときはさァ、素直につらいー!くるしー! って叫んじゃえばいいじゃん?」
くりんと小首を傾げる覚。
仕草とは裏腹なその瞳を、曇りのないその赤を、見つめ返すことができなくて思わず目を伏せる。
「──ねえ朱花」
急に、ワントーン低くなった声。
その男らしい声色に弾かれて顔をあげた。視線の先には、おどけることを捨てた彼。まっすぐにこちらを見据える瞳。
まるで、別人のよう。
「俺は叫べるよ。辛いのも苦しいのも全部。朱花の前でなら叫べるし、格好悪いところを見せてもいいと思ってる」
「──…………ど、して?」
どうして。
私は拙く問うことしかできなかった。
今まで一度だって呼ばれたことがなかった「朱花」に息があがって、心臓が痛くなって。