• テキストサイズ

楽天地

第7章 ふたつ 彌額爾(ミカエル)の語り ー人の望みの歓びよー



エンゲルの指がジュノークーゲルの硝子面を撫でる。その動きに合わせて手を滑らせて、僕は笑っていた。笑っているのに、涙が流れた。変な気分。
でも、これでいい気がした。変でも構わない。

Bitte vergiss es nicht, dass ich euch immer alles Glück der Welt wünsche.
(いつだって君たちの幸せを祈ってるよ。忘れないで)

エンゲルが首を傾げた。僕と鳩と、ふたりのミカエルが閉じ籠もったジュノークーゲルを掌に包んで目の高さまで持ち上げる。
薄い唇が、何か言おうと開きかけた。

刹那、バタンと凄い勢いで扉が開いて家が震えた。

振動を感じたエンゲルが、ハッとして僕らを取り落とす。
僕らの住処であるジュノークーゲルは、呆気なく床に落ちて割れた。

割れるまでの寸の間、流れ落ちる景色に、赤ん坊を抱いた綺麗な女の人がエンゲルに駆け寄るのを見た。
白い肌、薔薇色の頬、高く無造作に結わえられた白味がかった金色の髪、明るい空色の瞳。

耳元にふたつ並んだ黒子に、記憶が閃いた。

…あの子だ…。

僕の教会で洗礼を受けて、僕を外に連れ出してくれたあの小さな赤ん坊。
白すぎて青いみたいな産着と、耳のふたつの黒子。

ああ。
君がリーリエだったんだね?

リーリエの腕の中から泣き声が弾けた。
ジュノークーゲルが砕けた音に驚いたんだね。元気のいい泣き声だ。
硝子の割れる音は初めて"聴いた"?
君の初めてに関われて光栄だよ、イーリス。

大股で歩み寄ったエンゲルが、勢い良く胸に飛び込んだ二人を受け止めた。
俯いて陰に覆われた顔はよく見えなかったけど、きっとこの大きな天使は泣いている。リーリエとイーリスの花束を抱き締めて、ありったけの感謝の祈りを捧げながら泣いている。

蒸留水の水溜りの縁に腰掛けて三人を眺めた。傍らにコロリと転がった鳩のミカエルの嘴を撫でながら、僕は溜め息を吐いた。
何だろう。胸がいっぱいで息苦しいのに、ちっとも厭じゃないし凄く幸せだ。

「全く」

陽気な声がした。"声"に反応してイーリスの泣き声が止む。

「手間の掛かる連中だよ」

見上げるとカールがこっちを見下ろして片目を瞑った。勿論、恐らくは鳩のミカエルに向かって。

/ 296ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp