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第11章 斎児ーいわいこー



嘘など吐けば寸の間でズタズタと引き裂きにかかりそうな眼だ。桑原桑原

「ふ」

思ったことが顔に出たのか、荒れ凪が表情を緩めて苦笑いした。

「取って食いやしないから安心おしよ」

アタシは生臭物は口にしないのサと続けて荒れ凪はちょっと呆れたように私を見直して首を傾げる。

「…まあ男より女の方が肝が座ってるなんてな珍しくもない話だけどサ」

確かに。
女性は芯が強い。と思う。あまり女性と関わることのない私の思うことがあてになるかどうかは知らないが、如何にも海千山千みたような荒れ凪がこう言うからには私の思うところも強ち的外れではないのだろう。とはいえ些かこの言い様、流石に気に障る。
一言言ってやろうと眉間に力を入れたところで荒れ凪が残念そうな顔をして溜め息を吐くように言った。

「どう誑かしたんだェ?アンタァこう見えて大した女誑しかえ?はア、そうですと言われても全く気が抜けるが、てんであの娘の気が知れないねェ」

吊り上げようとした眉の上げどころがふわっと空に浮いた。

「女誑し?あの娘?」

何の話?誰のことだ。
サクか?
この荒れ凪もムレ同様私がサクを誑かすと思っているのか。しかしサクは男女の別がないだろうに。いや、荒れ凪にとってはサクは娘という括りになっているのか。

「わ、私は誰も誑かしてなぞいない」

取り敢えず間違いないところだけでも凛と伝えようとして裏腹に情けない掠れ声を出した私に、荒れ凪はいよいよ残念そうに首を傾げ、次いできゅっと口を引き結んだ。値踏みするように改めて私を眺め回し、深い、ふかーい溜め息を吐く。

「セツだよ。セツって言ってわかんのかね、このぼんくらは」

せつ?

目の裏がパチンと弾けて白くなった。
歩き歩いて坂道の天辺で思いかけず見上げたお天道さまの、目に差して眩むような。
足元が揺らめいて傍らの六路の頭に手を載せたらば容赦なく払われて、腰を落としそうになったのをぐっと堪えてふらふら持ち直す。

「せ、せ節さん?」

何でこの人外がその名を言うのか。何で私にその名を告げるのか。

「覚えちゃいるんだねえ。手前が捨て置いた女の名でも」

荒れ凪がぐっと口角を下げて、目を細めた。

「まあだからっていいってモンじゃァない。全く褒められたモンじゃァない。むしろ綺麗さっぱり忘れてる方が後生がいいサね」

憎々しげに言われてハッとした。
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