第7章 ふたつ 彌額爾(ミカエル)の語り ー人の望みの歓びよー
もどかしい痛みに身を委ねながら、ただ静かに愛しているエンゲルは僕の奇跡だ。
リーリエ。お願いだからエンゲルのそばに来て。
僕はカールだって大好きだ。
でも違うんだ。
エンゲルには貴女なんだ。
貴女もそう思うから、互いに音の無い世界をエンゲルと共に生きる事に決めたんだろう?望めば垣間見れた筈の違う世界、カールと共有出来た筈の、間接的にでも音の介在する世界。敢えてエンゲルを選んだのは貴女だ。
そしてそういう貴女を、見ず知らずでありながら僕は誇りに思う。愛さずにいられない。
僕が知りたかった事の端緒を握る敬虔な男と、彼が迷い苦しみながら愛する女。
苦しみに答えは出るのか?苦しくても答えを望むのか?願いは叶わないかも知れない。神は祈りに無慈悲に見えるときの方がー正直多い。
知りたがりの僕の心を動かした、エンゲルの静かに曲がらない意志。
祈り。
取り留めなく人を苦しめ、また慰める御方のお膝元近くから降り落ちる僕は、その出自に叶わずまるで他愛ない水でしかない。
でもだから何だ。他愛ないからこそ僕は無意味じゃない。沢山の他愛ないが集まって世界は廻る。ひと垂れの雨粒では潤せない大地が、僕や僕の無限の同胞で潤うように。
気持ちは無為じゃない。祈りは愛だ。
僕は信じる。この世界の森羅万象を、それを紡ぐ他愛ないものをこそ慈しむであろう畏敬の神を。
小さな、
誰に見返られる事のない、
たったひと粒の雨垂れ。
僕を見てくれ。
いや、見てくれなくていい。
僕に気付いてくれ。
いや、気付いてくれなくていい。
苦しい。寂しい。もどかしい。
でも、何もかも忘れてエンゲルの元から去りたいとは思わない。
ただの雨垂れにさえ心は宿る。
そしてそのただの雨垂れは、人を愛した。これが神の御業でなくて何だ。
僕は神を信じる。エンゲルを愛するように神を愛そう。
人は敢えて祈るんじゃない。水が山から海へ流れるように、自然とそうせずにいられなくて祈るんだ。誰かを愛するように、誰かを慈しむように。
人生が終わりを迎えるまで人の営みが止まらないのと同じで、祈りは止まらない。
そしてまた、一粒の雨垂れでさえ心あれば祈る事が出来るのを僕は知った。
報われなくても、誰かの為に。