第2章 並
白い泡と秋の冷たい海水がドブンと身を包み、あっと言う間に頭が冴える。
波は揃えた膝をぐんと伸ばして深みへ進んだ。
海藻の茂みを掻き分けて底を這うようにぐいぐい泳ぐと、並のつくる小さな潮流が底砂を巻き上げて海の砂嵐を呼ぶ。
身を切る冷やこい水と堪えた息の張り詰めた心地良さ。
身体を捻って舵を切る。腕を伸ばして水を掻く。
息を吸う事など出来ないのに、海に入ると深く呼吸したときのように胸が広がる。
この身体、手足の先まで全てが吾のものだという愛しさが湧き上がって、大声で笑い出したくなる程心が弾む。
誰が山になぞ行くものか!
悦びに任せて泳ぎ回りながら、並はフと思い付いた。
そうとも。行かねば良い話だ。
思い付いたら、他には何ひとつ手がないように思えた。
とぷんと水面に頭を出し、鼻と口から海水を吐いてずぅっと息を吸い込む。
「あっしは嫁には行かん!決めた!行かん!アハハハハハ、行かぬ行かぬ。誰が行くものかよ!ハ、ハハハハハハハハッ!!」
おっきな声で笑ってすっきりしたらば、磯辺に人影が見えた。
「なぁみいぃ?」
かかさまだ。岩場の突端でゆるゆると手を振って合図している。
「また潜っておるかいな。冷えて身体を損なうえ。お上がり」
このところ口を開けば嫁の心得ばかり転がしてきた声が今煩わしくないのは、並の気持ちが決まったからか。
「あーい」
久方振りに機嫌良く返事を返し、並は抜き手を切った。
十市に会わねばならない。
このところ顔を見ていないが、今日は何処にいるだろう。
何も知らずに手を振るかかさまに向かって泳ぎながら並は思案した。
夜に家を抜け出そう。十市に会うなんて知れたら、またととさまにがなられる。
何せ十市は忌み人だものな。