第2章 並
泡を噴いて渦巻きながら、誘うように足を洗う波が三番。
油を流したようにうっそりと光るべた凪の地平線は二番目。
大きな荒波が陸を食らわんかとばかりに吠え立てる嵐の海は言わずもがな。
そして一番は、何より海の中。
海が好きでならない。
岩だらけの磯場と切り立った岸壁に挟まれた小さな里のその娘は、長の五番目の子で名は並。
上に男ノ子を四人数えて、初めて産まれた長の女ノ子だ。
待ち望まれた女ノ子は、産まれたときから山に嫁ぐ事が決まっていた。
岸壁の上を更に分け入って、熊や狐の出る深山のまた奥に栄える山の里は、女腹の女ノ子が多い。
陸の縁にへばりつくようにひっそりとある磯の里は男腹の女ノ子が多い。
ふた里は持ちつ持たれつ、互いに里が途絶えぬよう女ノ子を嫁に出し、嫁に貰いながら、長い間やって来た。
殊に長の血筋は長の血筋で継ぐ決まりになっていて、並が産まれるまで周りはひどく気を揉んだものだ。
随分待たせてしまったせいで、山の長の頭領息子はもう三十に手が届く年頃、周りから婚礼が急かされている。
波は今度の冬で十四。
この春随分遅れた女の証がやっと下帯を汚し、冬を待たずに輿入れする話が出た。
山の女にならなければならない。
並は岩場に腰掛けて、潮溜まりに足を遊ばせながら唇を噛み締めた。
山になんぞ行きたくない。
足先を磯の小魚がチタチタと啄む。
貝が砂中から吐き出した泡の玉と這い回る小蟹がぶつかって、小さな飛沫の群れが細かい波紋を幾つも描いた。
強い秋の陽射しに温められた潮溜まりは、入り心地の良い風呂のように眠気を誘う。
並は潮溜まりに足を浸けたまま、仰向けに上体を倒した。
「山の里へ嫁になぞ入りとうない。あっしは子供などいらんのじゃ」
声に出して言うと、ますますその気が強くなった。
「山の男は好かぬ。熊を狩るで己が熊のようにもっさりしとる。熊の罰の当たっとるんじゃ。あっしは熊の子なぞ要らぬ。ふん」
自分の幼い声に聴き入って、並はひとり頷く。
「あっしはまだ子供じゃ。声もこんなに幼くてある。どうして子供が子供を産めるものかよ」
足を蹴り上げると潮溜まりの温水が跳ね上がり、弧を描いて海に帰って行った。
おもむろに身体を起こし帯を解く。丈の短い地味な単衣を脱ぎ捨てて下帯ひとつになった並は、やおら海に飛び込んだ。