第7章 ふたつ 彌額爾(ミカエル)の語り ー人の望みの歓びよー
「会うのは初めてだな」
ベアヒェンは難儀そうに立ち上がってエンゲルに手を差し出した。
「話だけならそこのお調子者にたんと聞かされていたが」
ベアヒェンの顔を注視するエンゲルの引き結ばれた口元がふっと弛んだ。木の瘤のような職人の手を握って、その煤けた衣裳ごと彼を遠慮がちに抱きしめる。
シュノークーゲルのベアヒェン?…驚いたな。想像通りのベアヒェンだ。
静かな身振りで語るエンゲルの肩にカールの手が載る。
「思った通りのじいさんが現れてびっくりだとさ、ベアヒェン?」
ベアヒェンはカールをひと睨みすると、エンゲルの顔を見てゆっくりと話し出した。
「お前さんへの贈り物のお陰でわしは孫の門出を祝えたし、お前さんの大事な相手への贈り物のお陰でわしの家族は良いケルスト(クリスマス)を迎えられた。お前さんは名前通り、神の御使いだ。感謝している」
「軽々しく神の御名を口走っちゃならないんじゃなかったか?」
肩をすくめたカールをまた睨みつけ、ベアヒェンは白い顎髭を扱きながらエンゲルに頷いて見せた。
「お前さんの友達は悪い奴じゃないがどうにも口が先に立ち過ぎる」
「賑やかな者もいなきゃ詰まらないだろ。俺は敢えてそっち方面を請け負ってるんだよ。身近に静かな人間が多いからなぁ」
「お前みたいな奴は早いとこ連れ合いを見付けて腰を落ち着けた方がいい。手綱を取るモンがおらんと見てるこっちの気が休まらん」
「羽目を外したとき叱ってくれてもいいと思った娘はいない事もなかったんだけどな」
カールはエンゲルにウインクして腕を組んだ。
「残念ながら天使に拐われちまったんだ。ムッターゴッテス(聖母)のリーリエ(百合)なら、カール(自由)よりエンゲル(天使)だ。それに俺は誰かに手綱を取られるのはごめんだね。もし生涯を誓い合うなら、一緒に羽目を外してくれるじゃじゃ馬がいい」
ずっと手にしていた僕…ミカエルをテーブルに置いて、カールは難しい顔をする。
「まあそんな女神がいたら是非紹介してくれよ、二人とも」
ベアヒェンはそんなカールと、陰鬱と言っていい程険しい顔をしているエンゲルを見比べて笑った。
「リーリエはいい女なんだな」
「そりゃこの気難しい天使を骨抜きにしたくらいだ。いい女に決まってるよ」
おどけるカールにエンゲルは苦笑して僕を手にとった。