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第7章 ふたつ 彌額爾(ミカエル)の語り ー人の望みの歓びよー



エンゲルは湖畔の小さな家に住んでいる。リーリエが手紙で寂しいと言ったように、そこは周囲に民家のない森閑とした場所だ。
窓から見えるのは木立と湖、そして空。
エンゲルが密やかに動き回る僅かな物音と暖炉の薪の爆ぜる音やランプの芯が鳴る他に聴こえて来るのは、木のざわめきや風や雨音くらいのもの。
そんな場所だからか、エンゲルは家に鍵をかける事がない。
それを知る僅かな知人はエンゲルが留守でも勝手に家に入って、主が戻るまで呑気にお茶を淹れて窓辺の椅子に座り、静かな時間を過ごす。

「エンゲルはアンタと同じで、変わり者なんだ」

僕をー僕とミカエルの入ったシュノークーゲルをクルクル手の中で弄びながら、カールがエンゲル取って置きの紅茶をベアヒェンにすすめる。
カールが慣れた手付きで手早く淹れたサフランと桃の葉が香る紅茶は、気難しい老職人の気に入ったらしい。
深く刻み込まれた皺を心なし弛めて、受け皿ごと持ち上げたカップから器用にお茶を啜っている。

「気は合うと思うよ?何せお互い神の御技の顕し手だからね」

カールがおどけて言うのに、ベアヒェンはしかめ面をした。

「軽々しく神の御名を口にするもんじゃない。お前の頂けないところだ。何故ふざけんと気がすまんのだ?」

「でも俺の事、嫌いじゃないだろ?」

両手を広げて笑うカールへ、ベアヒェンは鼻を鳴らして答えた。

「ふん。自惚れんじゃない、馬鹿者が」

「自惚れちゃないさ。本当の事だ。お調子者の俺だって、好かれてるか嫌われてるかくらいはちゃんとわかるんだよ、ベアヒェン」

「口の減らん奴め」

絶対笑いそうにないベアヒェンが笑ったので、僕はびっくりした。びっくりしたけれど、すぐ思い直す。
カールはそういう男だ。何となく皆を笑わせてしまう。現に雨垂れの僕でさえ、ミカエルの背中にだらしなくうつ伏せて跨った格好で笑ってしまっている。こんな格好を万一彼らに見られたら、それこそ笑われるのは僕の方なんだろうけど。

カツンと聞き慣れた硬い靴音がする。
エンゲルが帰って来た。

ドアを開いて険しく青白い顔を覗かせたエンゲルは、カールとベアヒェンを見止めて眉を上げた。

「やあ、エンゲル。相変わらず難しい顔をしているな?この気難し屋め」

大きな身振りで言って両手を広げたカールと険しい顔のままハグして、エンゲルはベアヒェンを見やった。


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