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第7章 ふたつ 彌額爾(ミカエル)の語り ー人の望みの歓びよー


今日は何の用だ?

エンゲルの語りは静かに流れる。
目に見える流れの下の下で緩やかに力強く脈打つ水流のように。
細く長い手指の語りは全く飽きない。滅多に見れるものじゃないが。

「ベアヒェンが君とリーリエに祝いの品を贈りたいんだと」

大きく快活な身振りと共にカールが答える。

「夏に間に合うように、このとっときのマイスター(職人)が君らの為に腕を振るいたい。ついては君の人と形を見たいというもんだから連れて来たんだよ」

…それは…有り難う。

エンゲルは険しい顔を緩め、もう一度ベアヒェンの手を握り締めた。

「この喧し屋の画商が言うにゃ、祝い事を前にアンタには気掛かりがあるらしいな?」

エンゲルの手をポンと叩いてベアヒェンは質素な部屋を見回した。
殊に暖炉の上の読み込まれて手ずれした聖書、丹念に整理された羽ペンと便箋、束ねられた手紙の傍らにあるロザリオをじっと見る。

「なあ、エンゲルよ。何事もなるようになるもんだ。準備さえしておけば、不安に思う事などひとつもない」

エンゲルは暗い笑みを浮かべて首を振った。

私の為の準備じゃないんだ。不安にならずにいられるか?

カールがベアヒェンにエンゲルの言葉を伝える。
ベアヒェンは穏やかにエンゲルの手を撫でて、その目を覗き込んだ。

「アンタには充分準備が出来てるように思えるが」

意味があるんだろうか。

目を伏せたエンゲルの肩をカールが思い切りよく叩いた。

「ないとでも思ってるのか、罰当たりめ」

「神の恵みはひとつではない」

老人は若者の手を宥めるように撫でながら頷いた。

「その意思がひとつではないように」

「祈り、信じて毎日の務めを果たせ」

カールが冷めた紅茶を頓着なく呑み干して笑う。

「お日様を見て生きる。出来る事をやる。真っ当であろうと願う、な。そういう事だよ。他に何が出来る?」

羽ペンと便箋、そしてロザリオ。束になったリーリエからの手紙。

カールは陽気で人を惹きつけずにいられない優しい笑みを浮かべて鼻の頭を弾いた。

「さあ、エンゲル、リーリエと相談するんだな。とっときのグラースマイスター(硝子職人)に、どんな我が儘を言うか」

エンゲルは暗い顔にカールに劣らない静かで魅力的な笑みを浮かべて窓の表を見た。
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