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第7章 ふたつ 彌額爾(ミカエル)の語り ー人の望みの歓びよー



僕がシュノークーゲルに入り込む羽目になったのは、エンゲルの友人で画廊を営むカールのせいだ。

カールは人の手が産み出す美しいもの全てが神の奇跡だと呼ばわる陽気な画商だ。自分の事を産み出せない芸術家で、説教の出来ない神父だという。それはどういう意味なんだろう。何も役にたたないという事?まさか。カールは優秀な画商だ。

あるとき彼は通りすがりに奇跡を見つけた。
通りに面した小さな家の窓辺に飾られた貧しい老硝子職人が手遊びに拵えたシュノークーゲルを、エンゲルの絵と同じ神の贈り物として捉えて大層興奮した。

「じいさん。これに私の言うものを閉じ込めて誰かを喜ばせる気はないか?」

開け放たれた窓辺に図々しく肘をついたカールを僕は雨樋の際で眺めていた。実は最前からカールが手にとってクルクル回すシュノークーゲルに見惚れていたのだけれど、お調子者の妙な男に気難しげな老人がどう答えるのか殊更気を惹かれた。

カールは山吹色の巻き毛を揺らしながら、首を傾げて小さな木靴が閉じ籠ったシュノークーゲルを覗き込んだ。鮮やかな黄色に三色菫の美しく細やかに描かれた木靴が、若葉色の微細な紙片に巻かれてキラキラしている。

「うん、見事なもんだ」

そう、見事なものだ。凄く綺麗だ。
けれど老人はカールに目もくれず、険しく老いた顔を更に険しく歪めて口に咥えた傷だらけのパイプをガツンと窓辺りに叩き付けた。

「金持ちの道楽は好かん」

「俺が金持ちに見える?」

「違うのか」

「金持ちを相手にしなきゃいけないから小奇麗にはしてるけど、財布はスカスカだ。何ならじいさんの財布と替えてやってもいい。中身はあんまり変わらないと思うよ」

「つまらん事を言う奴だな。替えるなら財布よりお前のその服がいい。俺の孫は来月デン·ハーグの工房へ弟子入りするが俺も息子も奴の門出に着せる服も買ってやれん。お前がその服の代わりに俺の孫の着古しを着て行くのならお前の気紛れに付き合ってやる」

「デン·ハーグの工房か。アンタの孫は将来有望なんだな。よし、じいさん、孫の一張羅を持って来いよ。で、中に入れてくれ。ここで着替える訳にゃいかないからな」

襟元を弛めて真面目に言うカールに、老職人は鼻を鳴らした。
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