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第6章 ひとつ 吉太郎の語り ー焦げ白銀(しろがね)という雨垂れー


おひろにゃ通う男がいた。

大袈裟かね。
いや、橋の上から橋の下ァ覗き込んで暫くじぃっと見合ってるてェだけのこったが、これがまいンちの事なら通うったって不都合あんめェよ。

「おひろさん、息災かえ」

前髪ィ上げたばかりの餓鬼くせェ優男は、やっとうン道場への行き帰り、必ず橋の下を覗いて行く。てんで気のきかねェ声をかけて、にっかり笑う。男前たァ言えねえが、育ちの良さそうで懐こい賢げな面ァして愛想も悪かねェから、女ァ放っとかねェだろうな。

それがまいンちひろンとこィ顔ォ出すんだから、こらァ間違いなくほの字だろうよ。
コイツんしろ、焦ゲんしろ、酔狂なこったィ。

おひろはヤツィ声ェかけられると、笑い返して手を振る。

だんだんその手も高か上がらなくなってンだが、世間知らずの若旦那らしい男ァおひろン具合に気付きゃしねェ。息災もクソもあるけえ、こン空き盲め。とんだボンクラだ。

桶ン汲み上げられて五日。

ひろは河原で昼寝してたんじゃねェてのが、呑み込めて来た。あれァ桶ィ水ゥ組んで、力ン抜けちまって倒れてやがったんだ。
コイツん病はもう命ン端っこまで足ィ伸ばしてゆぅらゆぅらしてやがる。
おひろは寝転んだまま、殆ど動かねェ。カサカサに乾いた口に、桶ン突っ込んだ指ィ擦ってウトウト。
盛んに咳き込んでうっ伏して血ィ吐いちゃウトウト。
ロクに呑み食いしもしねェで寝込んでんだ。目ばかりデカくなって、肌ァ触っただけで破れて血の出そうに青っ白い。
世話ァするモンもなく、寝っ転がったまンま。

コイツァ長くねェ。

胸糞悪ィ。
俺ァこんななァ御免だえ。湿っぽいのァこの身ひとつで十分だィ。早ェとこ屋移りしてぽかーんとお天道様ァ眺めてのんびりしてェ。
手出しン出来ねェ事でやきもきしたかねんだよ。

焦ゲァ静かだ。
静かにおっとり、けどエラく用心深く桶ン底ィ沈んでる。やけンおひろに入れ込んでやがるから、突っ込まれる指ン真っ先に飛び付くじゃねェかとハラハラしてたが、そんな様はてんで見せねェ。
逆ィ気になる。
何考えてやがる?

かいらしのうと思うとるのし。わしに何か出来るやろかとあぐねとるんじゃわ。

何でそんなンなっちまってんだ、テメェは。トチ狂うてな今のオメェんこった。
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