第6章 ひとつ 吉太郎の語り ー焦げ白銀(しろがね)という雨垂れー
ここにあるやないか。
焦ゲんヤツァいよいよとーんと来ちまったらしい。
俺ァ呆れて開いた口が塞がらねェ。
荒れてガサつく肌に引っかかりながら桶ン中へ落ちると、馴染みの水冠がしゃんと立って、おひろァそれィ見てまたぼんやり笑いやがった。
「おかしろぉい…(面白い)」
何がおかしろいモンかよ。ネジィ弛んでんじゃねェか?
いいや。頑是ないのし。…かいらしのぅ…。(可愛らしいな)
焦ゲァくそ真面目な面して吐かしゃがるンで、俺ァピシャンと言ってやった。
だから何だてェんだ。俺ァそろそろ屋移りしてェんだ。ここィ長居する気ァねェからな。
ほうか。ならばそうなさっしゃれ。わしはあれるだけここにある。
やけにシンと言う焦ゲに、俺ァ正直おでれェた。侍みたようじゃねェか。よせやい、今更。
逆上せンなィ、焦ゲ。人ン女に熱くなってどうなるってんだ。テメェなんざ、コイツにゃア在りもしねェ幽的(幽霊)みたようなモンでしかねェんだえ?
幽的でも構わんのし。わしはここにある。
馬鹿真面目に言う焦ゲん見る先ィ目をやって、俺ァ気ィ呑まれた。
ついぞ気付かなんだおひろの袂から覗く血の滲んだ手のごい(手拭い)。
痩せて真っ白い顔。真っ赤な頬ぺた。うるつくデカイ目。
桶の中で触った手が熱くて、余計ゾワッと来たのを思い返す。
この娘は病んでおる。労咳や。
ここで焦ゲんヤツァ笑やがった。すうすう透けて笑やがった。
知ったからにはどうでも捨て置けんのし。吉は行くが良い。わしはここにある。