第5章 雨垂れの語り 序
はぁ、まんつまんつ、皆さん立派なお産まれで、晴れがましい事であんす。
ワ(私)だば南部藩遠野、井戸の釣瓶から滴って地べたに吸われ、照らされてまた空に昇って落っこちで来た、割れ鏡と申します。
鄙者だはんでぶじょほもありましょうが、(田舎者ゆえ失礼もありましょうが)ひとつ良しなにお頼申します。
雨垂れは大概鼻っ柱が強くて出自に拘りがある。
一度天帝の庭園の池から跳ね上がった三十六鱗(鯉)の飛沫が雨垂れと成って紛れた事がある。
池の翁と名乗った齢千五百の雨垂れは、思いがけず気さくに様々な話をしてくれた。齢が齢ゆえ薀蓄も深い。天の中の天から来ただけあって純度の高かった池の翁は、僅か半日でまた空へ呼び戻されてしまったが、色々と考えさせられたものだ。
争いつつ結ばれるの絆の事。
荷の重みを分かち合える同士の事。
立場や産まれを越え、共に歩む事。
傷付きながら項垂れず闘う事。
善と強いされながら自ずから貫き通す事。
悪と呼ばわれながら一度置いた石を動かさぬ事。
務めを一心に果たして寄り添う心の事。
務めを一心に果たすが故に離れ行く身の事。
秀でていながら一つ事に心囚われて寂しい事。
一つ事を信じ憧れて羽羽ばたかせる事。
孤独を囲い不意の灯りを見止める事。
自分を諦めた者が振り返る事。
追う事。
逃げる事。
立ち止まる事。
大勢の中から、たったひとつを見付け合う不思議。
惹かれて抱じ合う幸せ。
知らぬ者同士通じ合う奇跡。
出会う事。
結ばれる事。
別れる事。
全てが心躍り、何処か寂しい、永久には続かぬいつかの話。
池の翁に限らず雨垂れは誰でも幾つもそんな話を知っていて、それを人に伝えたがる。そうする事によって、様々な真実の話に更なる色と光を加えんとせんばかりに。
水溜まりである私は、何かを留め置く事が出来ない。日に照らされ、風に吹かれ、乾きあがって、何れ消え行く身なのだから。
それでも雨垂れは私に語る。
そして私はそれに耳を傾ける。
私という水溜まりの中で雨垂れは取り取りの話をさんざめき、互いの話を留め合って空へ帰る。
私は差し詰め小さな交換会の場になっている訳だ。
そう思えばこの身も悪くない。