第5章 雨垂れの語り 序
多くの雨垂れの望みは、深海に身を預けて永劫揺蕩う事だと言う。あちこち降り落ちる心配なく、潮流に身を任せて穏やかに微睡んでいたいのだそうな。忙しなく入れ替わる彼らを見ていれば、さもありなんと思われる。
それに並んで語られるのが天帝、神の庭に憩う事だ。最もこれは夢のような話らしく、池の翁のような身分にはなかなか成れぬようだ。
雨垂れが三千世界を越えて天の天まで辿り着くのは生半な事ではない。
天の庭で生まれ成すのは更に大変な僥倖のようで、そうした雫は雨垂れとは成らず、天の水として空に"流される"。地に降る事はない。則ち天ノ川水と成るのだ。
私が身内に囲う雨垂れたちは、そうした晴れがましい雫ではない。
だが、一滴一滴がそれぞれ綺羅綺羅しく生き生きとした雫だ。少なくとも、私にとって彼らはまるで宝玉と思われる。刹那の交わりしか持てない彼ら一粒一粒、全てが忘れ難い至宝だ。
そんな彼らが語る話もまた、あらゆる光彩を放って私を魅了する。
何れ消えて失せる私が残せる唯一のもの。数多ある雨垂れの話の中から二つと半分を、ここに語りたいと思う。
心躍り、何処か寂しい、永久には続かぬいつかの話。
昼下がり雨音に身を任すが如く、夜半風音に瞼を閉じるが如く、明時鳥の囀りに揺蕩うが如く、他愛なく傾けられる耳の有れば欣幸の至り。
水溜まりの聴いた、雨垂れの語り。