第4章 弥太郎河童
涼やかな流し目を弥太郎にくれて、無理がすいと立ち上がった。
「私は人を食うよ。いや、呑む。生きたまま丸呑みする。知ってるだろう?そう言えば弥太郎は見た事がなかったかな。ふむ。いい折りだ。今回は付き合って貰おうか。血は見ないよ。私は穢いものは嫌いだからね。一日かけて塒に篭り、腹で蠢く得物に付き合う。これがまた殊の外愉しい。お前も愉しめるといいがね?眷族に余録を与えるのは私の器量を示す事にもなるかな。悪くない」
弥太郎の喉が、ごくりと鳴る。湿った肌に脂汗が流れた。
「あのガキを呑むってか」
「ウヌの手垢のついた嫁など要らぬよ。私は物笑いの種になる気はないからね。そしたらもう、呑むくらいしかないじゃないか」
薄い唇に美しく弧を描かせて、無理は弥太郎の皿を指先で弾いた。
ギクッと弥太郎の背が伸びる。
皿は泣きどころだ。触られるだけで体がそそける。
「…それで?お前は私に何故会いに来たのだい。童子を返すと言いに来たのか?出来心だったと詫びに来たのか?」
しゃがみ込んで顔を覗いて来る無理に、弥太郎は掠れ声で答えた。
「俺は…俺はおとが欲しくて拾ったんだ。鉄砲水に流されてたアイツがあんまり旨そうだったから、俺のモンにしたくなったんだ。それだけだ。お前のモンが欲しかったんじゃねえし、出来心でもねえ。ましてお前にアイツをやる気なんざさらさらねえ」
「面白い事を言うな?なら何の用だ、弥太郎」
「目から…目から変な汁が垂れてよ…」
おとの濡れたほっぺたを思い出しながら、弥太郎は皿を撫で擦った。
弾かれた痛みより深いところから湧くじくじくした痛みが、じんわり皿を覆って来る。
「変な汁?目から?何の話だ」
無理が厭な顔をする。
弥太郎の皿を弾いた指先を懐紙で拭う程に綺麗好きな無理には、変な汁はそれだけで禁句らしい。
ザマねえな。へ。
弥太郎は無理を内心笑いつけながら、皿から手を離した。
「寂しいってんだよ。親ンとこに帰りてぇんだと」
「…はぁん?そうか、わかった。馬鹿、弥太郎。それは変な汁じゃない。涙というものだ」
無理が呆れ顔をした。
「ナミダ?何だそら?」
ぽかんと目を上げて訊ねた弥太郎を、無理は面白そうに見返した。
「涙も知らないのか、この阿呆め。それ、今お前の目から垂れておるそれがそうだ。大馬鹿者」
チリチリチリチリ。