• テキストサイズ

楽天地

第4章 弥太郎河童



嘴を撫でられて、薄目が開いた。

どうやら寝ていたらしい。うんと寝返りを打とうとしたら、腕が痺れていた。童子の重みで痺れたようだ。

何となく笑った弥太郎は、一対の円な目に気が付いた。

「ん?おお…さむかないか?」

寝ぼけ眼で聞いたらば、童子はニコニコ笑った。

「うん。さみくない。ありあとございあした」

可愛い声だ。目尻が下がる。

「わちは"おと"といいあす。たすけてくりて、ありあとあした」

舌足らずながらなかなかの話ぶり。
"おと"は弥太郎の嘴を物珍しげにすりすり撫でながら、何の懸念も不安もなく、ただただ無邪気に心任せな様子だ。

「おにあん、くちがわちとちがいあす」

「おにあん?」

「ちなう、お、に、あ、ん」

「…おにあんじゃねえか。違わねえよ」

「ちないあす。おに、さん!」

「あぁ?おにぃさんってか?」

「そう!おにぃあん!」

「ははは、そうか。悪かったな。おにぃさんな」

おとの可愛らしさと可笑しさに、何心なく口から転げ出たのは、我ながらびっくりするような優しげな声だった。

うお…っ。何だこりゃ。

思わず嘴を押さえて、弥太郎はキョロキョロした。

こんな間抜け声、誰かに聞かれたら弥太郎河童の名折れじゃねえか。

「おにあん」

「何だよ」

「おかあとおとうは?」

ぐむ。

…お前、お前は、水神にくれてやられたんだぞ。

…親はどうしたろう…

「…お前、何で川に落ちたか覚えてねえのか」

「ひとりでうちにいたらば、かわにおちあした」

「あ?」

「ねぶくなってねたらば、かわにおちあした」

「親はどうした」

「おつとめにでてありあす。わちはおるすばん」

ロクでもねえ。親の目を掠めて何て真似しやがる。
いや大体無理が悪ィ。気紛れで治水を乱すから里のモンがとち狂うんだ。あのバカ蛇。

「おにあん」

「…うん?」

「おしぇわをおかけしあすが、うちにかえるみちをおしえてくえましぇんか」

何の疑いもない真ん丸な目。

弥太郎は堪らず顔を背けた。

「…おとうもおかあも、この夜更けじゃ寝てると思うぞ。お前も寝ろよ。まださみぃか?」

「おとうもおかあもわちがいなくちゃねられないよ。わちはあんかなの」

「あんかって…あぁ、行火か」

「わちがいなくちゃさみくてねられないの。おとうもおかあも」

そうかよ。
だろうな。
/ 296ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp