第4章 弥太郎河童
路六がブツブツ言いながら出て行ったのを見計らって、弥太郎はやおら体を起こした。
細くて長くて強い足を組んで胡座をかき、突き出た鼻面を撫でてムッツリする。
傍らの女童子はふっくらした頬に睫毛の影を落として、目を固く閉じている。
地黒の肌に赤みがない。凍えているのだろうか。血の気の失せた唇が時折ヒクヒクと震える。
人が水に慣れるなんてこたァねえ。
路六は口うるさいが適当なことは言わない。
「…お前、水ン中は嫌いか?」
思わず声をかけたら、女童子の目がぱちりと開いた。
驚いてヒョッと首を伸ばした弥太郎をまじまじと見て、舌足らずなちいちゃな声でひと言。
「…さ、さみぃ…」
何て声だろ。腹が痛くなる。
弥太郎は嘴を掻いて首を捻った。
しかしさみぃってか。さみぃねえ…
俺はさみぃもあちぃもよくわかんねえから…
どうしたらいいのかわからない。乾けば震えもおさまるだろうと思っていたが、乾く前にさみぃと言われたならばどうしたものか。
「さみぃとき、お前はいっつもどうしてる?」
苦し紛れに訊ねると、童子はカチカチ歯を鳴らしながら答えた。
「おか、おかぁに、だ、だ、だっこ」
「抱っこ?何だ、そんなモンでいいのかよ」
弥太郎はホッとしてひょいと童子を膝の上に抱き上げた。
柔らかい体が膝の隙間にすんなり沈み込む。小さいくせに、不思議と重い。
「これでいいのか?」
膝の上で童子が首を振る。
「さ、さみぃ…」
「あぁ?」
「ねんねでだっこ」
「寝っ転がれってか。細かいこと言いやがんなぁ…」
舌打ちして童子ごと横たわると、童子は弥太郎の胸元に擦りつくように貼っ付いて来た。
その態がよく懐いた川の雑魚みたいで、弥太郎は思わず笑った。
連中もよく弥太郎に貼っ付いて来る。これが結構嬉しい。
好かれるのは悪くない。
好かれてると思える間は機嫌良くしていられるから。
腕の付け根にちょんと小さな頭が載っかって、オデコとほっぺたが弥太郎の胸にぴとっと触れている。
変な気がした。
この先もしかして、腹も減らないし苛々もしない、誰かに当たったり喧嘩したくなったり、そんなこと、もうないんじゃないかと思えた。
コイツが居ればよ。もしかして。
そんなこと、あるんだろうか。
チリチリ。チリチリ。