第3章 仰げば尊し
まあオレは将来大リーガーになってイチローとアメリカ人になる予定だからね。多分ここには戻んないな。
だってここ、日本だし。
日本にいたらアメリカ人になれねえじゃん。
真面目に観ると韓流ドラマもけっこう面白かった。
すぐ事故るのが不思議だったけど、韓国って車が多いのかな。
何かあると道に飛び出すクセがあるみたいだから、あんまり興奮しないようにした方がいいと思う。つうか、交通ルールは守れ。
桜が満開だ。
また夢だなって、すぐわかった。
うちの学校は梅はあるけど桜はない。満開の桜がたくさんの花びらを散らしてる校庭なんて見たことない。
けど。
綺麗だなあ…
スゲー綺麗じゃん…
見た事ないけど、卒業とか入学とか、こんな感じのイメージ。
こんな綺麗だとボロ校舎までスゲー良く見える。
赤い屋根、黒い木板の壁、ガタピシいう窓、狭い生徒玄関、ちっちゃい体育館。
いいじゃん。
いい学校じゃん。
仰げば尊しが聴こえて来る。今度はピアノに歌声がのっかってる。あんまり上手くねえなぁ。色んな声がワチャワチャ混じって、高いとこはほっそく掠れてるし、低いとこは聴きづらい。
でもいいな。
うん。オレ、好きだ。
このヘタクソな仰げば尊し。
奥山先生はせっかちでピアノの音も忙しいのに、今はゆっくり、丁寧に弾いてるのがわかる。
みんなも一生懸命歌ってる。
ざぁっと背中の方から風が吹いて、オレを通り越したたくさんの桜の花びらが、校庭とグランドにさらさら流れて行った。
「綺麗だね」
隣に文香がいた。
タレ目を細くして学校を見ながら、にこにこしてる。
このまんまいい気持ちでいたいと思ったから、驚くのは止めた。
気付くと文香と手を繋いでた。
生徒玄関から一年生がわらわら出て来た。続いて二年生、三年生、四年生、ちょっと間をおいて五年生。
五年生はひとり一個ずつ、プリムラの鉢を持ってる。うちの学校は毎年これを卒業生に配る。
だからオレらの町は春になるとプリムラの花とその匂いでいっぱいになる。
どのうちにも大体この学校の卒業生がいるから。
中学の制服を着た卒業生が出て来た。
胸に紅白の花付きの名札をひっつけて、照れくさそうにふざけながら、笑いながら。