第3章 仰げば尊し
「寝ながら笑う余裕があんなら風呂掃除しろっての!今日アンタの番だったじゃん?貸しだかんね。後で返してよね!」
そんなこと言いに来たのかよ。もう寝かせろって。
「武則とか和也が来てお見舞いだってさ。康史、デカくなったねー」
腹の上に今週のジャンプが載っかった。
「良かったねー、後で回してね!」
ハイキューだな?
姉ちゃんな、姉ちゃんみたいなの腐女子ってんだぞ?腐女子は苦労するって図工の多恵子先生が言ってたぞ。何の苦労だか知んねえけど、すげえ真面目に言ってたからな、あれマジだって。
色々言ってやりたかったけど、何か面倒だから止めた。
姉ちゃんは一個なんか言われると十六個くらい返してよこすから、相手すんのが大変だ。声デカいし。怪獣だ。怪獣でオレの姉ちゃんのくせに頭いいから、中学で生徒会書記なんかしてる。
春からオレも同じ中学に通うんだけど、大丈夫なのか、姉ちゃんなんかに生徒会役員やらせてる学校って?
来月の卒業式じゃ謝辞とかってのを読むって言ってた。
その頃インフルにかかりゃいいのにと思う。頼むから家で寝ててくれよ。恥ずかしい。
「治ったらちゃんと礼言っとくんだよ?わかった?」
空の器が載ったお盆を持ち上げて、姉ちゃんは足で襖を器用に開けた。
器をガチャガチャ言わせながら廊下を歩く姉ちゃんの荒っぽい足音を聞きながら、あの勢いでアンパンマン落っことして割ってくんねえかなぁとぼんやり思う。
うーん、ないだろうなぁ。ガサツなくせに何か失敗しないんだよ、姉ちゃんは。ムカつくよな。
だから謝辞なんてメンドくさそうなモン読むことになんだよ。ザマみろ。
腹の上のジャンプをもそもそ手で探る。
読み始めたらやっぱ面白い。
漫画家ってスゲーよな。何で同じ顔何個も描けんだろ。図工の時間のたんび多恵子先生から泣きそうな目で見られるオレは、漫画家って神様みたいだと思う。
夢中で読んでたら、頭がボーッとして来た。
胸の上にジャンプを置いて天井の木目を眺める。
ちっちゃい頃はあれが人の目みたいに思えて怖かったな。三年くらいまで怖かった気がする。
四年に上がって野球を始めたら、毎日クタクタで天井見てる暇なんかなくなって、そのうち気付いたら怖くなくなってた。
何でかなぁ。木目が変わった訳じゃないのになあ。
とろとろまた目が溶けて来た。布団が汗で湿っぽくなってる。