第11章 斎児ーいわいこー
「滅多なことでアタシの酒が呑めると思うんじゃない。あれはアタシがあっためて孵した雛みたようなものだ。謂わばアタシの子も同然さね」
「わかってるわかってる。有り難え酒だよな」
頭を掻いて笑いながら、路六が傍らに来て私の手を握った。
肉球のひんやりした、毛の強い(こわい)感触に戸惑う。しかし路六は私の当惑に頓着なく、至極当たり前のことをしているようにそのまままた歩き出した。愛子の迷子になるのを案じ慣れた親のように。
「俺と荒れ凪は、一緒に無理の前にまでは行けねえ。おめえはひとりっきりで二神と会うことになる」
待っていた荒れ凪に頷いて見せ、三人揃って歩きながら路六が続ける。
「何があったんだろうなあ。でも何もなきゃこんなことはねえんだ。こんな風に何度も誰かを呼び付けるなんてことは」
私の熱が移ったのか、路六の肉球が温もってきた。
「腐るんじゃねえぞ?あいつらがわからねえのはいっつも、俺たちも一緒なんだからよ」
「何せカミサマだからねェ。まぁサ」
荒れ凪が考え考え、探るように私を見てうっすら笑った。
「慣れることだわ。慣れるしかないサ。よろしく頼むわ、お坊さん」
慣れろ?馬鹿を言え。
「私は通りすがりの余所者ですよ」
「通りすがりが運の悪いこと」
荒れ凪が足を止めた。私と路六の、少し前を歩いていたものが、踵を返して近づいて来る。
「でもネ」
近付いてみると荒れ凪の背丈が、異様に高いことがわかる。弥太郎と変わらないくらい丈高い。それが腰を屈めて私の顔を覗き込み、薄青赤い唇をぐぅっと左右に持ち上げるようにニンマリ笑う。
「ソイツを言ったらアタシらだって通りすがりサ。誰も彼もが通りすがりの生きすがり、好き好んで今に関わってる訳じゃないんだ」
白い指が私の顎先をくっと持ち上げた。冷たくも温かくもない、カサついた木肌のような肌触り。
「巡り合わせは手前の運、運だとても財産のうちヨ。良いも悪いも活かすも殺すも手前次第、器次第サ。不平不満は無粋の極み、男も女も格が下がる」
「荒れ凪は博打打ちなんだ。ちぃっと計りかねることをいうが、まあ強ち見当違いでもねえから何となぁく聞いときな」