第11章 斎児ーいわいこー
「更けて来てんのに迷惑な話だヨ。アタシは夜の山は好かない」
元が里川のモノなのだから山は、増して夜の山は肌に合わないのだと荒れ凪が不興げにぼやいだ途端、雨上がりの湿った空気を切って裂くような慟哭が聞こえた。
思わず足が止まる。暗い辺りを見巡る。
「ホラこれだ」
細く長く尾を引いて山の尾根に谷に響き渡ってシンを消えた慟哭に、荒れ凪が顔を顰めた。
「しんどいねえ…」
小さくこぼした荒れ凪の声音に厭悪はなく、ただ言葉通りしんどそうな様子にこの柳の化身の心根が透けて見える。
「帰りたいんだねえ…」
荒れ凪の呟きに応えるように、また慟哭が山の闇夜を切り裂く。
里に帰りたいモノの声だ。里に帰れないモノの声だ。弥太郎と聞いたときより、更に悲しげで禍々しい響き。
自分を慰めに里に下りようとしているのだろうか。束の間の慰めに里に下り、人を害してまたうなだれて山に戻る。そんな堂々巡りを続けるのはどんなに苦しかろう。
我知らず合掌し、空を拝した。木立の隙から覗く空に丸い白い月が見える。
月。
無理がサクの父親と語った月。
「おい」
敢えて出したのだろう路六の穏やかな声。
目を向けると路六が声の通りの穏やかな顔でこっちを見ていた。隣で荒れ凪も振り向いている。
「無理を待たせるとロクなことになんねえぞ。闇夜に足を止めてもロクなことにならねえ。歩め歩め」
「また雨でも降り出したら堪ったモンじゃないしねェ。アタシは浴びるつもりの雨は好きでも浴びる気のない雨は好かないんだよ」
溜め息を吐いて荒れ凪が初めて笑みを見せた。
「草や木だってそんなものサ。考えてもみなかったろ?」
確かに草木が雨を好かないときもあるとは思い及ばなかった。成る程そういうものなのかと思う。私の気を紛らわそうと話してくれたのだと、笑ってくれたのだと、そう思って笑い返す。
荒れ凪は路六と顔を見合わせて、ふっとまた笑った。
「お人好しのお坊さんだねェ」
「悪い奴じゃねえのは俺の折り紙付きだぜ」
路六に言われて荒れ凪はふんと鼻を鳴らした。
「素面のお前が言うならそうなんだろうよ。アタシの酒は無理がひとり呑みしたらしいね?」
「なあ。俺も相伴に預かりたかったんだが」