第11章 斎児ーいわいこー
来た道を戻るだけと言っても、暮れて闇の深まった慣れない山道はげんなりする程険しい。気難しい水神に呼び付けられたとあっては更にげんなりと気が滅入る。
「まあしかし無理で良かったよな。俺ぁてっきりムレのヤツがサクの目の届かねぇとこで都合を付けに来やがったのかと思ったぜ」
荒れ凪に要らぬと素気なく袖にされたのに、ぬけぬけと同道した路六が胸の詰かえがとれたように伸び伸びと言った。
都合を付けるってのはどういう話だ。
無理なら良かった?こっちにしてみればどっちもどっちだ。
あの気難しそうな水神にまた会わねばならぬとは、全く気が進まない。
しかし路六は、話の間察していた気配がムレと関わりのない訪いと知って気が軽くなったらしい。ムレがあまり得意ではないのかも知れない。
世慣れてそつのない路六にも苦手があるのなら何かにつけ不器用な自分なら苦手が多くて当たり前と些か気が軽くなったが、今はそんなことにしみじみする心境ではない。
先を行く路六の掲げる提燈の、歩くたび揺れる灯りを見ながら吐き気を堪える。
いよいよ私はどうなるんだ。
「アンタら、何をコソコソやらかしてンだい?」
路六と並んで前を歩く荒れ凪がやれやれという風情で細い首筋を撫で擦った。
「社にゃ道理も来てるよ」
「道理が?珍しいな。何の用だ?」
「さあ。けどまあ用がなきゃ無理ンとこなんか来やしないからね、あの人は」
荒れ凪が私をチラリと振り向いた。
「そこに来てこのお坊さんを呼んでこいってお達しだ。何やらかしてんだいって気にもなるわえ」
もの問いたげな顔でそんなことを言われても困る。ものを問いたいのはこっちの方だ。
「無理と道理揃っての呼び出しねぇ…」
首を捻った路六も私を振り返る。
「おめぇ、何かしたのか?」
「私は山に来ただけだ。他には何もしていない」
多分。
いや実際ここに来てからは本当に何もしでかしてはいない筈だ。ひたすらにサクとムレ、それに無理と無理の眷属に振り回されているだけ。
何かするというより、何かされっ放しと言った方がいいくらいだ。
「ふーん?じゃ、何かあったんだな」
あっさり言った路六に肝が冷える。
何かって何だ。何があって川神と里神に呼び出されなきゃならないんだ。