第11章 斎児ーいわいこー
「…青瓢箪?の?生臭坊主?」
「気にしなきゃねぇのはそこじゃねぇだろ。おい。止めろ。睨むな。おめぇのその目に睨まれると尻がムズムズする」
「厂暁さんは青瓢箪の生臭坊主じゃありません」
「わかった。いや、あいつが青瓢箪で生臭なのに違いはねぇがそいつはもう言わねぇでやる。ちっと頭を切り替えろ。おめぇが考えなけりゃなんねぇのは青瓢箪じゃなく、ムレのことだ」
「青瓢箪って言いましたね?また言いましたね?」
「だからよ」
「ムレというのは何です?」
ムレ。
何だろう。口に出したらちょっと背中がぴりっとした。眉根が寄る。不穏な気配がする。ヒリヒリ、ヒリヒリ。
そんな私の様子に何か察したのか、弥太郎は弥太郎で首の後ろを撫で擦って顔を顰めている。
「ムレはこの山の統領よ。山神だ」
「…山神様…」
山神様ということは、そうか。ムレとは牟礼(山のこと)か。
いるんだ。本当に。神様が。
色々不可思議な思いをしてきたが、神様に出会したのは初めてだ。
「おかしな顔してやがるが」
弥太郎がちょっと笑った。
「おめぇをここまで連れて来たのも歴とした里神だぞ。そんなに驚く程珍しいもんじゃねぇよ」
「え?」
珍しいとか珍しくないとか…。そういう話ではないのでは?
私をここまで連れて来てくれた、おっとりと穏やかなあの男の人が里神様?
地味でも派手でもなく、仕立ての良い見苦しくない着物を古風に着付けていた。目が糸のように細く、弥太郎程ではないが並外れて背が高い。
異様なくらい品が良い様子で何れ人ではないだろうとは思ったけれど、まさか神仏の類でいらっしゃったなんて。
「あれぁ道理。元は田の神だったが今は山裾の里を統べてる」
目で歩むよう促して、弥太郎が歩き出す。
「兄神に川神の無理ってのがいる。俺はそいつの眷属だ」
ということは、この大祖母様を食べようとした狼藉者の河童は優しい里神様の兄神様のお使い。
がさがさと下生えを踏み分けて歩く足元を見ながら、反芻する。
神様のお使い?
河童も神使になるものなんだ。お稲荷様のお狐とか、八幡様の鳩とか、因幡の白兎…はちょっと違うかな。兎に角、そういう動物がおつかわしになるものと思っていたけれど。
背中のヒリヒリが二の腕まで広がって来た。誰かに見られている気がする。