第11章 斎児ーいわいこー
「笑うとしょっぱくなくなる…?」
「甘くなる」
即座に答えて弥太郎は斜め上を見上げた。
「…甘いって言ってもあらぁ脂の甘さだな…。まあ、これも旨そうで涎が出る」
脂の甘さ…。煮魚の、とろっととろける皮味の辺りみたような味ってこと?それなら美味しさを知っている。なら赤い顔は塩引きの鮭のようなもの?これも美味しい。涎が出るのもわかる。
「どっちにしても美味しそうなんですね」
「そういうことだな」
なら笑っていても変わりないのではないの?
納得出来ないまま一番聞きたかったことを聞く。
「そもそも大祖母様をどうして食べようと思ったのです?」
大祖母様は子供好きで良く笑う優しい人。生前を知る親族は皆そう言う。私みたいな黒々と強い髪をして意外に頑固な人だったとも聞く。
私は何だか大祖母様に似ていると母が話してくれたことがある。
私は大祖母様の存命中、この世に影も形もなかったし、私の前に現れてくれたこともないから大祖母様のことをあまり知らない。
あまり知らなくはあるけれど。
河童に食べられそうになった?そんな胡乱な話があるものか。いつ?何で?
「旨そうに見えたからよ。他に理由なんかあるか?不味そうなもんをわざわざ食いたがる程酔狂じゃねえよ、俺は」
成程、ご尤も。
けれどその旨そうな相手が身内であってはあまり愉快ではない。顔を顰めたら、何を思ったか弥太郎の手が頭から放れた。
「心配すんな。食いやしねぇよ。俺が食いたかったのはおめぇじゃねぇんだから」
さんざ午睡した後の猫みたような伸び伸びした顔で空を仰ぎ、手を腰に当てた弥太郎が鼻から盛大に息を吐く。溜め息とも違う、清々した呼気。でも勢いがよくてそれこそ猪のよう。
「それでも時間薬のご利益がおめぇだ」
今度はすうぅっと深く息を吸って、弥太郎はにやりと笑った。
「食わねぇでおいて、良かったなぁ、おい?」
それは勿論そう。でも河童は胡瓜を食べるものでは?人を食べるものだった?人食い河童なんて聞いたことがないけれど、それは私が世間知らずだから?
「面倒臭ぇ顔すんな」
自分こそ面倒そうな顔をした弥太郎が腕組みした。
「こいつはおめぇが考えることじゃねぇよ。おめぇが頭を悩まさにゃならねぇのは別口だ」
「え?」
別口?
「おめぇが追っかけて来た青瓢箪の生臭坊主は、所謂神様ってヤツに絡まれてる」