第11章 斎児ーいわいこー
だから聞く。
「誰かを想い起されましたか?」
私を見て?
「あん?」
面倒そうな声音に、僅かに震え。声が震えているのではない。気持ちが震えている。わかる。わかってしまう。こんな風にでなく知り合いたいのに。
この私の、呪わしさ。
「大事な人?」
言った途端、頭がすんと左に傾いた。
「ガキが聞いたような口を利くんじゃねえよ」
私の頭を平手で押しこくるように叩いた(はたいた)弥太郎が、手指を開いたり閉じたりしながら仏頂面で鼻を鳴らす。
平たい腰から伸びた長い脚ととそこから斜めに立ち上がった真っ直ぐな背筋。甲羅のせいでそう見えるだけかな。猫背じゃないんだ、この河童。お伽噺の河童は、もっと背中が曲がっていた気がした。
「俺ぁおめぇの大祖母様の…」
大祖母様の?大祖母様!縁があるんだ。やっぱりあるんだ。何かがあるんだ。何もないのに絡まれたのでなかったんだ。河童の寝言じゃなかったのね?
で。
何々、何です?何がどう大祖母様なのですか?
何れ予想外の応えに目をかっ開いて続きを待つ。多分今、私の目は獲物を狙う猫のようにキトキトしている筈。たまさかに室へ紛れ込み、我が物顔で伸びして欠伸して午睡三米だった迷い猫を思いながら弥太郎を見る。
あのコ、どうしているだろう。
「…何だよ、その猪みたような鼻息はよ。聞き苦しいわ、この馬鹿たれ」
苛立たしげに足踏みして、弥太郎が顎を上げた。
あら。失礼。猫ではなく猪。そう?…猪…?…それ、厂暁さんには言わないで下さいましね。
思うに今、私は顔を赤らめている。
猪の好き嫌いはわからないけれど、それが雄々しいものだというのは知っているから、それに引き比べられて恥じらっている。
そんな自分が愛しくて、また顔が赤らむ。
いやだ。変な女だ。
そう思ったら、ますます頭に血が上る。耳まで熱い。あら、あら、あらら。
「ふ」
弥太郎が笑った。
また腕がのばされる。頭に大きな手がのる。親指の欠けた、指の長い手。
「俺はおめぇの、大祖母様を食い損ねた間抜けだ」
「え?」
頭にのった手が、ゆっくり慈しむように私の強い髪を掻き混ぜた。
「顔赤くしてしょっぱくなってんじゃねぇぞ。また旨そうに見えちまうだろうが」
眉間に皺して弥太郎は舌打ちした。
「俺は酒呑みだからよ。しょっぺぇモンは唾が湧く。笑ってろ、馬鹿」