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第11章 斎児ーいわいこー



「何でもないなら何故妙な顔をするのです?」

速足で大きな背中を追いながら聞いたら、弥太郎が振り向いて溜め息を吐いた。

「妙な顔ってことがあるか。遠慮のねぇ女だな」

「顔立ちの話じゃありません。何だか悲しそうだったから」

「誰が悲しいって?とんだ言い掛かりだぜ」 

「なら寂しそう?」

「…さみ…さ…」

聞き辛く言い淀んだ弥太郎が、不意に優しい顔で目尻を下げた。

「…もうさみくはねぇかよ?なあ?」

「え?」

寒いという程寒くはない。何故急にそんなことを?

「さみくねぇわな」

弥太郎はサバサバと笑って、長い腕を伸ばした。驚いて身を竦めた私の頭に、大きな手がのる。

「笑ってるもんな。笑うのはいいことだ。気味が悪ィなんて言って悪かったよ。良かったな」

長い指がくしゃくしゃと髪を搔き乱す。

「黒くて強い(こわい)良い髪だ。うん」

「この扱い辛い髪は大祖母様譲りで…」

「真っ黒で真っ直ぐでいい目だ」

両手でぐいぐい頭を掻いぐってくる弥太郎に顔を覗き込まれ、今度は私の腰が引けた。
人外だ何だとか、それとは違う訳合いで怖いし、子供のように頭を撫でくり回されるのは愉快ではない。大体こうして触れられることに馴染みがないから、てんで落ち着かない。

「止めて下さい」

どうしたものかと思いつつ我ながらぶっきら棒に言ったら、弥太郎はあっさり手を放して一歩下がり、腕を組んで私をしみじみと眺め回した。

「厂暁が物好きなら俺も物好きってことになるやな。あの坊主と俺が似た者同士とはなぁ…。…嫌な気分だぜ…」

ぶつぶつ言いながら歩き出した弥太郎に、私は首を傾げた。

何を言っているのかさっぱりわからない。  

「おい。ぐずぐずすんな。とっとと歩め。いつまでもおめぇに付き合ってるほど俺は暇じゃねんだ」

斟酌なく急かされて、ほっとする。調子が戻った。今のは何だったんだろう。

「よくまあこんな山奥まで来たもんだよな。怖じけなかったか?」

前より親しい声音で問われ、また戸惑いながら首を傾げる。

「怖くはありました」

慣れない場所がまるで怖くないと言えば嘘になる。

「でもそれより楽しくありました」

知らない場所、知らない景色、初めてのこと、もの。全部が楽しく心躍る。走り方を覚えた仔犬のように、今の私は何もかもを嗅ぎ回り、探り回りたくて堪らない。

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