第11章 斎児ーいわいこー
何をした?
何だか、しんと音が皆消えてしまったような気がした。何もかも、何もなくなってしまった気がした。
ここに来てずっと、大きな葉擦れの音に怯え続けていたのに、音が消えたと思ったらそれはそれでひどく怖くなった。
生唾を呑む。
胃の腑に落ちる唾きが喉を痛く掠める音が聞こえたように思えた。
何をしたって…。
何をしたって…!
私は恋をしたんだ!
初めて他人を愛おしんで…恋い慕って…それで……
それで………
「お邪魔するよ」
涼やかで軽やかな声がした。
ビクッと身を震わせて顔を上げると、若草色の小袖を着流した柳腰の女が癖のない白い顔に濃茶の目を眇めてこちらを物珍しげに見ていた。
「荒れ凪。おめえかよ」
虚をつかれたような路六の声。ほんの少し安堵の色が滲むように思うのは気のせいか。
振り向いて気のいい大獺の表情を見る間もなく、荒れ凪と呼ばれた女人が目を糸みたように細めて鼻から息を吐いた。
「おめえかよとはご挨拶だね。しっぽり話し込んでたようだが仕舞いだよ。そこなお坊さんに用がある。ついといで」
「用って誰の?」
路六がのんびり髭を撫でる。
「お前さんが顔を出したってこたぁ、ムレの用じゃねえなあ?ムレはおめぇが嫌いだもんな」
「ご挨拶だね。あン方は女てぇ女が嫌いなのサ。アタシに限った話じゃあない」
肩にかかった髪を払った荒れ凪がフンと鼻を鳴らした。捌けた仕草が唄の師匠のようで、粋な人だと見惚れてしまう。褒め言葉が喉をするりと這い上がって来たが、ごっくり飲み込んだ。そんな場合ではない。
荒れ凪はまるで生唾を飲んだように喉を鳴らした私を物珍しげに見、それから路六に目を戻した。
「けどまあご明察、アタシは無理の使いで駆り出されたのサ。蜻蛉返りで気の毒だけど、無理ンとこへ戻って貰うよ。ご足労さん」