第11章 斎児ーいわいこー
芽吹きたての柔らかな春の下生えを踏み締め蹴立てて力一杯駆けるように。冷たい水に身を潜らせ、すいすい逃げ回る獲物の魚をきゅっと小気味よく噛み捕えるように。淀んで暑い昼下り、昼寝あけの渇いた喉を猿梨の茎からたっぷり滴る水で潤すように。高い木の上から、たわわに実った山葡萄の房を、下で待ち受ける連れ合いにそっと落としてやるように。
「節は嬉しかったんじゃねえかな」
「…そう…そうなのかな…。しかし私は…何ていうか…そんなことてんで頭になかったし…もしかして気を遣われているのだろうかとか…まるであてにされていないとばかり…」
「そんな風にごちゃごちゃ考えんのは節にゃ慮外千万かも知れねえよ」
路六は首を傾げて瞠目した。
「もしかしておめえ、ひとりでとんでもなく勘違いしてねえか?」
「何が勘違いだと言うんだ」
「そら話を全部聞いてみなけりゃわからねぇけど」
パチリと目を開き、路六は傾げた首をしゃんと擡げて腕組みした。
「そんな余裕はいよいよねえんだよな。茶々入れちまって何だがよ」
落ち着きなくチラチラあちこちを見回しながら、しかし裏腹に路六は黙らない。
「なあ。節はおめえをあてにするようなヤワな娘なのかい?」
「は」
「聞き辛いのを承知でハッキリ言うが、おめえ、ひとりで気張ってねえか?その挙げ句転けちゃねえか?俺の勘違いなら幸い…でもねえか。勘違いじゃねえ方がうんといいな。いいと思うぜ?うん。そうだといいな」
「何を…」
「おめえなしでもしっかりやってると思や気が楽になるだろ」
「…つまり私がいなくとも構わないと、そういう話…」
「構うか構わねえかまでは知らねえが、蹲ってくよくよ百曼荼羅恨み言を言ってるよりゃ向こうっ気強く踏ん張ってくれてる方がよかねえか?お前の話してくれた節がそういう娘だといいなぁと、そうなんじゃねぇかなぁと、俺はそう思うけどな」
「……」
「怒ったか?やっぱり聞き辛かったかね?いや、悪かった。そんな顔で見るなよ。気が差すじゃねえか」
路六はしばしば瞬きして盆の窪をスリスリと撫で擦った。
「…なあ、厂暁よ」
滑らかな毛皮の上を小さな手が行き来していたのがぴたりと止まって、路六はひたと私を見据えた。
「おめえは一体、何をやらかしたんだ?残して来たものに恨まれてると思い込む、そんなにも気に病む何をやらかした」