第11章 斎児ーいわいこー
「悪いのは徳次郎さんで」
この人は奸計を企て兄弟から全てを奪った人だ。節さんに消えない傷を負わせた人だ。
善い人ではない。
それでもこの人にはこの人の気持ちがあり、そこに至る成り行きがあり、それを知ってしまえば私はこの人を嫌ったり憎んだりは出来ないだろう。
それが怖くて私は見る目に、受け容れる器に蓋をした。
そんな真似が出来るのを初めて知ったし、人を憎んだり嫌ったりする為に出来もしなかったことをする程狡辛い自分を初めて知った。
そしてこれ以来同じことが出来た試しはないから、自分でどうこう出来るものではないらしいことも知った。
色んなことが痛くて辛くてしんどくて、でも節さんといるのを諦めたくなくて、どうしても側に居たくて、私はどんどん狡くなっていった。臆病にも私は節さんを覆う出来事全てに片を付ける為に徳次郎さんをただただ悪く思うという方途をとった。
悪いものがあれば楽だ。それを責めればいいのだもの。
後は時間薬だ。
そんな浅はかな考えで節さんに寄り添った気でいた自分が情けない。
「全ての咎を徳次郎さんに押し付けて、深く考えるのを止めた私は、節さんとまともに向き合わなかった」
同じものが見える人がいた嬉しさに、その人と同じものを見ようとすることを怠った。向き合うべき全てを蔑ろにした。
「愚かだった。兎角私は愚かだった。恨まれても仕方ない」
節さんは私の弱さ愚かさに気付いていた。多分そうだと思う。
「だから節さんは私といるときは他愛ない話ばかりしていた」
花が咲いたらしくいい匂いがするとか、風が冷たいのが秋らしいとか、月が明るいと星が見えないのは不思議なことだとか。
「違う」
路六がふと漏らした。
訝しんで見れば、路六は果てしなく優しい目をして、何かを懐かしむような表情を浮かべていた。
「おめえが弱ぇとか愚かだとか、そんなことじゃねえんだ。厂暁。節はおめえと“棲家の外“にいることが、物凄く、物凄く楽しかったんだよ」
「物凄く楽しかった?」
「閉じ込められてた身が外に出て、周りじゅうのものを見たり聞いたり嗅ぎ付けたり出来たのが、途轍もなく楽しかったのよ。だから辛いやらしんどいやらそんな話は要らなかったんじゃねえかなぁ。ただ血が通ってあったけえ手前が、色んなものの中のひとつで、その中で満ち足りてるってことを存分に味わいたかったんだ」