第11章 斎児ーいわいこー
「道理が人を怒らせるなんて、道理が怒るのと同じくれぇ滅多とねえことだよ」
「はあ…」
「その怒らねえ道理が怒ったのも無理はねえ。刈り取りまで後少しってぇ稲がごっそり焼け焦げた挙げ句、大事な田圃のど真ん中にでっけえ地割れまで出来て、その年の米どころか来る年の穫れ嵩まで駄目になっちまったんだからな」
「里人の暮らしもかかっている話だものな」
「暮らしどころか、下手すりゃ飢えで人死にが出かねねえ。けどそこらは無理が渋々川の恵みで贖ってたよ。何で里の手助けなんぞしなけりゃなんねぇんだってぼやいちゃいたが、全きの自業自得だ、仕方ねえ。ちっちゃなことであそこまで手前勝手に怒り狂ったツケだからな」
「無理は路六のことで怒ったのだろう?流石にそれは薄情な言い様ではないか?」
「俺は俺の尾を誰に腐されても痛くも痒くもねえもの。この尾は俺と俺の連れ合いが大事に思ってりゃそれで充分、誰に何を言われようが無理が怒るこっちゃねえし、そもそも無理にかかっちゃ俺の尾があろうがなかろうがどうでもいいことなんだよ」
路六は飄々と笑って滑らかな尾の太い付け根を撫でつけた。
「それでも無理は見境なくそこまで怒りやがった。何でだと思う?」
「…面子?面子を潰されたと思った?」
「勿論それもあるだろうなぁ。無理は潔癖で気難しい面倒なヤツだからよ」
ここでふたり、顔を見合わせて頷き合う。付き合いの長い短いに関わりなく、そういう無理なのだ。
「でもそれだけじゃねえ。俺は無理の一分一厘だからよ」
一分一厘?
私の顔を見て、路六は手を振った。
「ほんのちょっぴりだけど、間違いなく無理の小片だってことさ。こいつは俺に限ったこっちゃねえ。弥太郎だって荒れ凪だって、サクも、もしかしたらおめえでさえもそうかも知れねえ」
私?いや、待ってくれ。
「それはないだろう」
ないというか、厭だ。
「まあ聞けよ。おめえは無理と会っちまったろ?しかも別段悪い出会いじゃねえ。無理はあれで神様ってヤツだから不本意じゃあっても他より懐が広く出来てる。関わった相手は手前の懐に入っちまうんだな。俺らが侮辱されりゃ手前が侮辱されたも同じだし、俺らが嬉しがってりゃ何でか無理まで機嫌が良くなる。手前で甚振るのは構わねえが余所者に俺らが馬鹿にされたら、黙っちゃいられねえ。それは無理が馬鹿にされたも同然だからだ」