第11章 斎児ーいわいこー
住職が徳次郎さんの振り上げた腕にしがみつく。危ない。小柄で高齢の住職が体を張ったところであっさり振り飛ばされるのが落ちだ。骨でも折ったら大事になる。非難を込めて真っ向から力一杯徳次郎さんを睨む。人を睨み慣れていないせいか、それとも他人が入り込んでいるせいか、眉間に酷い痛みが走って目が回った。
「父さん!何をしてるの!?」
揉み合う私たちへ凛とした声が飛んで来た。
節さんだ。
非難のこもったきつい叱責に、私の胸倉を掴んだ徳次郎さんの手が弛み、徳次郎さんのもう片方の腕にしがみついた住職は息をつき、私の眉間から痛みが湯気の立ち昇るように抜けて消えた。
「…帰るぞ、節」
徳次郎さんが低く唸るように言った。説さんの黒炭の目が父親を捉える。
「その人は倒れた私を世話して下さった筈です。お詫びとお礼を言わないうちは帰りません」
節さんはきっぱり言い切ると、僧衣を乱して息を弾ませる住職と襟元を合わせて額の冷や汗を拭う私を見比べた。
「父さんもお二人にお詫びしなければならないのではありませんか。何をなすっているんです?」
「詫びは後日改めて」
徳次郎さんは忌々しげに言うと、私をじろりと睨めつけた。こうして見れば最初の印象と裏腹に木場の荒くれを相手どる気迫を十分に持ち合わせていることがわかるものの、今が今私を疑うように眺める目に一抹の安堵らしき気配が伺えるのは私の目が尋常だからだろう。先刻の叱責で秋光さんは痛みと共に私から去ったものと思われた。
「後日?いいえ。私はそんな不義理で不調法な真似はしません」
前後不覚で寝込んでいたとも思われないハキハキした調子で言い渡し、節さんは私に目を向けた。布団から出て畳に指を付き、深々と頭を下げられる。
「お世話になりまして有り難うございます。ご迷惑をおかけ致しました」
私は慌てて膝を正し、節さんを見習って畳に手をついて頭を下げ返した。
「こちらこそ、要らぬ話で煩わせてしまったせいであなたを疲れさせてしまったかも知れません。面目ない…」
「いいえ。私はあなたとのお話に疲れたのではありません。そんな気を使わないで下さい」
節さんはまじまじと私を眺めながら瞬きした。
「わかりますね?」
わかる。
けれどここでどうこう答えては要らぬ角が立つ気がした。だから黙って節さんを見返した。