第11章 斎児ーいわいこー
節さんは身じろぎ一つせず私と目を見交わしながら、にこりともしないで何か考える様子だった。まるで難しい本でも読むような顔つきにむしいろ可愛げを感じて可笑しくなった。それにしても本当に愛想のない人だ。こんな不躾に人の顔を見るのに笑みの欠片もない真顔でいる。まるで値踏みされているようだ。
拉致もないことを考えながら節さんを見るうち、その顔の傷跡に恐れも違和感も感じていない自分に気付き、その変容に驚いたところではたと肝が冷えた。
何を考えているのだろう。まさか本当に値踏みされているのだろうか。だとしたらどうすればいい?何と答え、どう振る舞えばいい?
私はこの人にも拒まれるのか。厭だ。この騒ぎで節さんに好意的な近しさを抱き出した自分が心の中であられなく駄々を捏ねる。
待ってくれ。まだ嫌わないでくれ。私はあなたともっと話してみたい。受け入れてくれないか。受け入れてくれ。お願いだ。
どっと汗が噴き出して、顎先から滴った汗が震える拳の乗った膝をパタパタと見る間に黒く染める。何の汗だ、これは。また冷や汗か?気味が悪いくらい凄い汗だ。これでは節さんに気味悪がられてしまう。
黒炭の黒い目は、吸い込みそうに深い色で私を捉えて揺らがない。ただ、心配そうに太い眉が下がった。
「具合がお悪いのですか?お顔の色が…」
気遣わしげな節さんの声に喉元がぎゅっと縮んで息苦しくなった。気遣いが嬉しくて我ながら浅ましいほど胸が踊った。だってこの人はきっとお愛想で人を心配するような人ではない。だから本当に私を気遣ってくれているのだ。それはつまり、私を厭悪している訳ではないということで…
チカチカと眼の前が明滅した。畳の細かな目がザラザラと気味悪く吐き気がする。口の中が乾いて酸い。
「厂暁」
住職の声が遠い。珍しく甲高い声は気が焦っているときのものだ。衣擦れの音と線香の匂いが間近く、住職がいざり寄って来たのがわかる。
ここでプツンと気が途切れた。
私は意識を失って前のめりに倒れ込んだ。