第11章 斎児ーいわいこー
それはそうだ。私だって出来れば席を外したい。でも住職が私に出ていけと言わないし、先ず何より節さんが気になって動けない。
せめて不躾に目を合わせるのは止そうと視線を逸らしかけたところで、またわかってしまった。
寄りにも寄って御料林で。
あの出来損ないの馬鹿兄貴が。
黒いくらい濃い緑の、高い木立の隙間から覗く空の青が閃いた。仰向けに横たわった誰かの視界だ。罪の意識と身がはち切れそうな多幸感が一杯になって息が詰まる。
これは誰だ?
身持ちの悪い売女め。
何故なんだ。何故あいつと…。何であいつとなんだ。
視界に人の顔が映り込んだ。
穏やかで優しげな、整った面長の顔。薄鳶色の瞳。
…明充さん…。
あえかに優しい声がその名前を呼ぶ。
音だけでなく文字も閃いて、私は兄弟子の名前を知った。
そうか。秋光(しゅうこう)さんは明充(あきみつ)さんだったのか。そういう名前なのか。私が厂暁で暁なのと同じように、元の名前を捨てて残して、住職が名付けてくれたのか。
「アキミツさん…」
呟いた瞬間、目に星が飛んだ。
徳次郎さんに拳固で殴られたのだと気付くのに一拍の間があった。その間にいざり寄った徳次郎さんに胸ぐらを掴み上げられた。
「お前…」
歯軋りするように漏らした徳次郎さんの顔に羞恥の色が滲んでいる。
ああ。この人は兄に嫁を寝取られたのだ。
そしてそれを恥じている。
この人は、兄がこの人の嫁を寝取ったように、兄から家督を奪った。優柔不断で弱腰の兄を奸計を以て寺に追いやり、家を継いだ。
この人は出来の悪い兄に嫁を取られたことに傷ついている。嫁が自分より劣る兄に靡いたことで侮辱されたと感じている。
それで恥をかいたと思っている。
「お前…」
でもその嫁も元は兄から奪ったのだろう?家を奪ったように、恋人も奪って我が物にしたのだろう?
返してくれとは言わない。
けれど元は私のものだったのに。
私のものだったのだ。
徳次郎さんと、恐らくは節さんの母親である女性、頭の中に響いていた二人の気持ちを押しのけて、秋光さんの欲が渦を巻きながら身内を満たした。
これは駄目だ、駄目なやつだ。入られた。
必死で己を保とうと見開いた目を徳次郎さんに覗き込まれた。
「…お前もかっ!」
徳次郎さんの顔が怒りに歪んだ。多分今私は薄鳶色の目をしているのだ。
「お止めなされ!」