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第11章 斎児ーいわいこー



多分ここにいる筈のないあの目の持ち主も、私達と同じ習いで気を落ち着けたのではないか。節さんの強張って伸び切った背なの線が心持ち緩やかに曲線を描いたように見えた。

「勝手に家を抜け出して」

が、不遇の娘を囲う豪商には大した効果がないようだ。それだけ気持ちが昂ぶっているのだろう。住職を一瞥した彼は視線を娘に戻して尚も言い募った。冷たい目の底に怒りが沈み込んで、顔色をどす黒く染めている。これに対抗するようにまた節さんの背なが強ばった。

「寺に入ることは罷りならないと言っておいただろう」

流石に抑えられた手は下ろしたものの、節さんの父親ー徳次郎さんは住職を苦々しげに見て吐き捨てるように言った。

「私はあなたと顔をあわせたくないし、節とも顔をあわせて頂きたくない」

「自身で足を運ばずとも誰か迎えをよこして下さればそれですんだものを、自らご足労なすったのは親心の為せる技でしょうかな。有り難いことです」

住職は徳次郎さんから手を放し、かさりと座り直して雲水に目配せした。席を外せという言外の言い付けに、雲水は私の方へ訝しげな目を向けてから大人しく一礼して室を出た。何故私は残るのかという不審の籠もった目だ。
また皆に口さがなく噂される種が増えた。事情も明かさず私だけが呼び出されたり取り残されたりするのは度々あることだけれども、大概が皆には見えぬ聞こえぬことの為。皆もそれは薄々わかっているが、今回のように若い女性の関わった話だと周りの憶測とやっかみは生半なものではないだろう。気が重くなったが、それより節さんが気になる。

「よくここに来ることを許しましたな」

住職がおっとりと徳次郎さんに話しかける。

「表に出さないでいるのは、まずもってここに来ることを止める為を思っておりましたが」

「相違ありません。何処よりもここに来て欲しくなかった」

徳次郎さんは忌々しげに答えて舌打ちをした。

「母が行かせろというので仕方なく出したのです。…今年はあれの十三回忌ですから」

「兄弟をあれ呼ばわりするものではありませぬ」

「縁を切ったものを兄弟とは思いませんよ。ましてあんな…」

言いかけた徳次郎さんが初めて気付いたような顔で私を見て口を噤んだ。目があったら、不快げな皺が眉間に寄るのが見えた。関係もないのに居座っているこいつは何だと思っているのだろう。

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