第11章 斎児ーいわいこー
気が付けばぼんやり焦点のあわぬ私の目を、節さんの黒炭の目が射貫いていた。
え?…あ…、…え?
足の先から頭の天辺まで総毛立った。坊主の頭の毛など立つ筈もないのに、無い毛が確かに立った。立つために生えて来たかと思う程生々しく立った。思わず頭をぺたりと押さえたが、無論坊主は坊主らしく、無毛に変わりない。
そりゃそうか…。
息を吐いて頭を撫で回し、また我に返ると、節さんの目がもの問いたげに私を見ていた。
あー…
完全に変な坊主になってしまった。
慌てて頭から離した手を水を払うように振り、常衣の袖に腕を潜らせて平静を保つ。保とうとする。が、勿論保てたものではない。
咳払いしようとして空嘔きし、言い訳しようと口を開いたが口腔が乾いて声も出ず、何故か足を踏み出してよろめく。これは転ぶ。何ならこの禿げ頭から地面に突っ込む。
決定的に変な坊主になってしまった。
絶望的に投げ槍な気持ちでどうしようもなく傾きながらもう転ぶ気満々の私を、小さいが力強い手ががっしり支えた。
「どうなさいました。お加減が悪いのですか」
反射的に掴んだその手は荒れてかさついていたが温かく、思わず縋るように強く握り締めたらば思いがけず手の甲が反って、温かい手に更に強く握り返された。
「大丈夫ですか」
温かいのに汗ばむでもない乾いた手の感触が心地よく、あまりに心地よく、私は背を屈めた格好で節さんの顔を覗き込んだ。
火傷の引き攣れがひどい。つるりと赤い肌が怖い。見てはいけないものを見た気持ちに思わず目を反らしたら、温かな感触が消えた。節さんが握っていた手を解いて、私を支えていてくれた体を心持ち引いた。
「どなたかお寺の人を呼んで参ります」
掠れ声が震えて聞こえた。痛々しいことにこの震え声には、傷つけられても尚労りが籠っている。
謝らなければ。…謝っては反って傷つけはしないか?大体何と言って謝るのだ。気味悪がってすまないとでも?ありえるか、馬鹿。
逡巡しながら顔を上げると、節さんはうっすらと笑っていた。
「近くで見るとますます驚くでしょう?」
さっきまで私の手を握っていた手が、赤い引き攣れをそっと撫でる。違う、と言いたかったのに、声が出なかった。余計なことばかり言うこの忌まわしい口は肝心なときに動かない。
節さんは生真面目な顔で首を振った。
「お気遣いは無用です」