第11章 斎児ーいわいこー
節さんは、始め私に気付かなかった。
きつく瞠目して、じっと身動ぎひとつせず墓参している。誰かに一心に手を合わせる節さんの邪魔をしたくはなかったけれど、でもどうにも立ち去りがたくて、私は所在なく立ち留まってしまった。
何故この人は僧都を弔う無縫塔に手を合わせているのだろうと訝りながら。
僧堂の辺りから朝の勤めに励む幼い雲水の、低く抑えても甲高い声が聞こえた。何やら冗談でも言い交わしているらしく、他愛ない笑いがひそひそと賑やかしい。幽かな風はまだ朝の涼風、過ごしにくくなるのはこれからだ。
拝み入っている節さんがいつ顔を上げるかと待ち受けるうち、手に汗がじんわり浮いて来た。
私に気付いたら、あの人はどんな顔をなさるだろうか。
そう思い詰めると朝の涼風など全く心地好くも何ともなく、むしろ掻いた汗が文字通りじっとりした冷や汗になって忌々しいばかりだ。いつもなら微笑ましく聞き入る弟弟子たちの声もいっそ耳障りに感じてしまう。何と無様な私であることよ。
自嘲しながら節さんから目が離せない。あの真黒な目が我を捉えたらまた怖じけるだろうに、不躾な視線を外すことが出来ずにいる。
青鈍の、柄も入らぬ質素な着物は夏物の上布、小豆色の絽の帯は萩の花が白く染め抜かれている。
どちらも仕立ても品も良い上物だ。
家の商売とは別に分限の家の奥方の仕立てを引き受けて小商いをしていた祖母が、溜め息を吐きながら撫で付けていた数多の生地にあんなものをあった。
噂通り、節さんは裕福な家の娘さんらしい。
目同様に黒黒した強い髪は触ると手にちかちかと刺さりそうだ。小柄だが頑丈そうな体つきは、どこもかしこもしゃんしゃんと動く働き者であることを思わせて好ましい。家に閉じ籠っていると聞いたが、そこでも立ち居働いているのだろう。
健やかだ。
なのにこの人には自分と同じものが見える。業が深いと思う。見ずにすむものを見聞きしてしまうのは業が深いからだろう?
いや、言ったら誰もかれも業が深い。そうでない者などいないし、そうでなければそもそも御仏様に祈る必要がなくなり、私たち僧都の居る意味がなくなってしまう。でも望みもしないものを見たり聞いたり、その上それに縋り付かれることも珍しくない私の業は、私たちの業はどれだけ深いのだろう。
物思いに耽るうち、私は目を開けていながら何も見ていない状態になっていたらしい。