第11章 斎児ーいわいこー
気はとうに挫けているのだ。何なら挫けっぱなしでここに辿り着いたと言っていい。
挫ける。…そう、挫ける。
意思の強い黒炭の目に、細く和やかでふわふわと優しげな目が重なった。
「…秋光という、兄弟子があって…」
私が入寺したときには既にいい大人で兄というより父のような歳だったが、この兄弟子の寺での立場はあまり高くなかったように思う。秋光を思い出すと、腰低く穏やか、常に一歩下がって人の話を頷肯している真綿のような優しい笑顔が先ず浮かぶ。
面倒な私の世話係を言い遣った人の好い秋光は、賢しく控えめで、物事を俯瞰して大局的に見られる平等な目を持った僧都だった。しかしご住職の覚えは良くないようで、周りからの当たりも強かったことを覚えている。
私が舌禍を招くように、彼は優柔不断で隙の多いその質で禍を招き寄せるところがあったからだ。
「私が入寺して数年で病を得て亡くなられた。元より頑健な質ではなかったが、あの人は何かをひどく気に病んで、それで病を得たように思えた。まだ子供であった私にも、それとわかる程あの人は…」
挫けていた。諦めていた。
何かを懺悔して、懺悔しても懺悔しても犯した罪に気持ちが追い付かず、疲れ果ててしまっていた。己の行いを省みて、悔やみ嘆くことに。
「…私は秋光さんが好きだった。秋光さんも、私を可愛がってくれていたと思う」
小春日和を思わせる温かみのある笑顔はしかし、生き暮れることを見極めた諦めを湛えて侘しげだった。
「生きてさえいれば、事情さえ許せば…」
噛み切らぬ沢庵を呑み損ねたように喉が詰まった。燻っていない沢庵は苦手だ。寺ではよく粥で流し込むように丸呑みしていた。
喉を擦ると口中に苦い唾液が湧いた。
「良い父親になれていたと思う」
訝しげに目尻を下げた路六の後ろに影の薄い人が立つ。
穏やかな笑みは生前のままだが、目は悔いと未練、やり場のない恨みの暗い光を湛えて虚ろだ。
「…そう言っても、もう詮無いことだけれども」
律儀に口を差し挟むまいと瞬きで問いを紛らわせる路六を前に、私は座り直して両の膝に拳を置いた。
目を閉じて息を整える。
路六の後ろから影がゆらりと身を乗り出す気配を感じた。きつく目を閉じて、膝の拳をぐっと握り締める。爪が肉に食い込んで痛んだ。この痛みは正気の証のように思える。痛みにすがり付いて目を開ける。