第11章 斎児ーいわいこー
「…みぃんな馬鹿…」
それでいいような気もする。皆が気楽で幸せならば構わないのではないか。
何より私が気楽だ。
皆が私並みの馬鹿になってくれればどれだけ生き易いだろう。皆が彼我の違いに呑気に目を瞑り、毛色の違う者を遠ざけないでいてくれれば、謗られずにすむし疎まれずにすむ。思うまま振る舞い、話し、何が見えようと聞こえようと隠す必要もないまま全て受け入れられる。世間様がそんな風であったらどれだけ平らかで長閑やかなことだろう。
だがそれは正道ではない。根っこのところに安穏とした誤魔化しを見過ごせない自分が居る。ややこしい。矛盾する。
それを抱え込むのが辛い。辛いが答えが出るまで苦しむしかない。答えは一人ひとり違うものだから、誰かに示して貰う訳にもいかない。岐路で背中を押して貰ったり、一時手を引いて貰えても、辿り着く先は皆々別々なのだ。
矛盾はこれに限らず山のようにある。ひとつひとつ考えていくと切りがなくて腹が痛み出す。
矢っ張りみぃんな馬鹿でいいんじゃないか?自分だけ馬鹿なのが苦しいのではないか?ああ、しんどいことだ。
「みっともなく踏ん張りながらジタバタするしかねんだよなぁ。何回も何回も何時までだってさ」
路六はまたふふっと笑って湯呑みに酒を注いだ。
「踏ん張り続けるのはしんどいがぽんと投げ出しちまうのは楽チンだ。まあどっちを選んだって手前の勝手だけどよ。楽ばっかしてちゃいいこたねぇよなぁ」
こう言われては、楽な方へ逃げ込んだ私はもう俯くしかない。これでも未だ僧籍に身を置く坊主なのに、怪しの大獺の方が余っ程道理を弁えている。また情けなくなった。
そう。私は逃げ出した。でも逃げるって何だ?逃げ出したのに何故こんなに苦しいんだ?逃げても楽にはなれなかった。でも逃げずにいられなかった。どうすればいい?何が正解なんだ。わからない。私は今何をしているんだろう。
山を越えずに帰るべきなのか。
「ふぅん…」
路六は鼻を鳴らして髭を捻ると、目を眇めてまじまじと私を見た。
「うん。いや、話をぶった切っちまった。悪かったな。続きは聞かねえ方がいいか?」
ちらと見返せば、路六は和やかな目をしていた。一拍の間を置いて私は首を振った。
「聞いてくれようと言うのなら話してしまいたい…」
「そうか。なら気が挫けねぇうちに話しちまいな。俺も黙って聞くからよ」