第11章 斎児ーいわいこー
「はぁ。おめぇは仕様もねぇおっちょこちょいの甘えただなぁ」
囲炉裏端にカツンと煙管の雁首を打ち付けた路六が、口から盛大に白煙を吐いた。お陰で獺の表情が見えないのが救いだ。自分でさえほとほと呆れているのに、この上人様の呆れ顔を見たくない。
「初見の娘さんにすがりつこうとするなんざ、おめぇ、坊主の風上どころか男の風上にも置けねえぜ?」
白煙が薄らぐ中から輪郭を露にした路六は、弛んだ羅宇をきゅっと締め直して和やかに笑っていた。
「情けねぇなぁ、こら厂暁」
一言もなく黙っていると、路六は炉端の煙草盆に煙管を置いてふふっと息を吐くような笑い声を洩らした。
「でもさ。俺はそういうの、嫌いじゃねぇよ?おっちょこちょいで甘えたで情けなくたってよ。そいつがおめぇの正真の正直だ。嘘じゃねぇもの」
煙管のかわりに手に取った木杓子の柄で私の頭をコンと突き、路六は和やかに続けた。
「どうやら手前でも情けねぇと思ってるらしいことをまんま話したろ。よしよし。えれぇえれぇ。よく出来た」
子供をあやすように言われてますます情けなくなったが、路六はそんな私を何心ない真っ直ぐな目でじっと見る。
「正直ってのはなぁ。情けなくてしょうもなくて稚くて、でも何だかこそばい愛嬌があんだよ。俺はさ。そんなのが、本当に嫌いじゃねぇんだ」
歳経て世慣れた大獺の柔らかな口調に鼻がつんと痛んだ。
「とは言え、情けねぇまんまじゃいけねぇ」
囲炉裏で煮える鍋の中身を木杓子でぐるりとひと回しして、路六は首を傾げた。
「至らねぇと気付いたら、踏ん張らにゃ何もかも台無しになっちまう。そうだろ?」
温かく湿った夕餉の匂いが湯気と一緒に立ち上る。
路六は木杓子に鍋の汁をちょいと掬いとって味見すると、うんうんと頷いて木蓋を閉じた。
「でな。そうやって踏ん張ると何でなんだかますます情けねぇことになっちまったりするもんだが、おめぇもそのクチか?」
「…私…私は…」
何時だってそのクチだった気がする。
そうして、とうとう逃げ出したのだ。
「まぁよ。ちっとの踏ん張りで何もかんも上手くいくんだったら世話ねぇや。そんな楽な世の中じゃ、面白くも何ともねえ。みぃんな馬鹿になっちまう」