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第11章 斎児ーいわいこー



私は元武家の家筋の三男坊で、七つの年に出家した。
家は子沢山で上に兄が二人、下に妹三人と弟ひとりがいる。と、いって、家計が苦しい訳ではない。勘定方に勤めていた祖父は機を見るに敏で、維新前から武家勤めの伝を辿って人脈を作り、士族にはならず商家を興した遣り手だ。
家はそれなりに裕福で、幼い頃衣食に不自由した覚えはない。覚えはないというより、衣食に不自由するということ自体よくわかっていなかったように思う。
それなのに私が寺に出されたのは、私が偏に気味の悪い子供だったからだ。

私のこの見えないものや聞こえないものを聞く力は、物心ついたときには既に当たり前のように備わっていた。他の人には見えないし聞こえないのもそういうものだと思っていたから、それが奇異だと気が付いたのは自分が寺に出されてからのことだった。

御勤めを怠らなければ心で見えるようになる者は少なくない。しかし人を見るのと同じように無いものを見る者は少ないとお住職は言う。
だからお前は恵まれている。お前はただそのままでも、人の痛みを知るように人でないものと触れ合ってその痛みを知ることが出来る。より精進して沢山のものの痛みを癒せるようになりなされ。

お住職のその言葉は、幼い私には重いばかりだったし、今も変わらず重荷だ。
何故私ばかりがそんな思いをしなければならないのだろう。私が精進の末沢山のものを癒したとして、私を癒してくれるのは誰だ?幽的か。物の怪か。まさか御仏なんて言わないでくれ。私は生身の人間なんだ。独りきりは厭だ。誰かと居たい。誰かに居て欲しい。

その思いの募り募った矢先に、あの人が現れた。


お坊様も業の深くておられます。


青竹だけが悪戯に目に涼しい蒸し暑いあの墓参の道で、共に鬼火を目で追った後、あの人は私を見ながら確かにそう言った。

あの人も私同様見えないものを見る。きっとそれを指して業が深いと言ったのではないか。
私へ、そして我への羞悪の念を含めて。

そう思ったら、あの黒炭の目が怖くなった。赤い引き攣れも業の深さを思わせるようでぞっとした。
あれは誰にでも見える傷なのか?もしかして私やあの人のような者にしか見えないし、顕れないものなのかも知れない。だとしたらあの人の目に私はどう見えたろう。
あんなに誰かを求めていたのに、いざ近しい人を見付けたら恐ろしくなるとは思ってもみなかった。

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