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第11章 斎児ーいわいこー



「お坊様も業の深くておられます」

息を呑んだ。

何の話だ。
思い当たる節の、どれの話か。何が私の顔に浮いて出ているのか。
尋ねようと口を開いたとき、傍らの竹林からふと鬼火が出た。陽の明かりと青竹の影の差す中青白く頼りなげに残暑の熱にふうふうと息をつくようにふらつきながら、鬼火は私と節さんの立ち尽くす道の真ん中を飛んでいく。

たまに出るのだ。誰とも知れず何とも知れない、弔う者もない魂が。弔われないが為に墓へ入ることも叶わず、寂しがって仲間を求めるように鬼火を燃やす。こうした鬼火は害意のない弱々しいものがほとんどだ。

波を描くようにゆるゆると上下する鬼火を目で追う。娘さんの方に行かなければいいが。大した害はないけれど鬼火が触れれば肌に粟が立つ。明時とはいえ早くも蒸し暑くなり始めている中、肌が粟立てば気味の悪い思いをしなさるだろう。まして墓参の道のことだ。折角善意で勤めてくれているのに怯えさせては気の毒だ。
そう思って節さんを見た。
節さんは私を見ていなかった。箒を握り締めて何かを目で追っている。上へ下へ波を描くように動く目。その黒い目の動きが私にはよくわかった。

節さんは鬼火を見ているのだ。

驚いてまた口が開いて固まった。こんな風な人に初めて会った。何が無し気配を感じる人は居る。声を聞く人もごく稀に欠片を見る人も。けれどこんな弱々しい鬼火を目で追うほどにはっきり見えているらしい人には会ったことがない。

「盆入り近くで御霊も賑やか。寄る辺ない身がもの寂しくて人恋しくなったのでしょう」

節さんは静かに言って墓地の方へ飛んで行った鬼火から目を離した。澄んで聞き易い声だ。

「ああして迷うものは何時になれば救われるのやら」

私は固まったまま節さんを見返した。今度は赤い引き攣れがやけに目につく。綺麗なものではない。あまり見てはいけないのではないかと気付き、そっと目を反らして口籠っていると節さんがまた箒を使い始めた気配がした。

見れば何事もなかったかのように節さんは道を掃き清めている。ただ随分と道の端に寄っていた。私が気持ち通り易いように気遣ったのだろうか。
私は黙って合掌し、節さんの横を通り過ぎた。
通りすがり節さんからつんと生木の香りがした。薪でも割ったものかと一度振り返り、箒を使う節さんの後ろ姿を見る。

節さんは、ここらでは有名な材木商の娘だった。

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