第11章 斎児ーいわいこー
初めて節さんに出会ってから、あとひと月ふた月で一年になる。まだそれしか経っていない。不思議だ。もっとずっと前のことのように思えるのに。
立葵と百日紅が咲いていた。茎水仙が路傍を淡く彩り、空は澄んで透き通る入り盆も近い明時。
節さんは墓参に来る村人が歩く道を掃き清めていた。この日、入り盆に備えて村から墓地を清める手伝いが来ることを聞き知ってはいた。しかしそれが同い年くらいの娘とは知らず、私はしばし立ち止まって往生した。年頃の女性と話すことなど滅多とないし、あっても何故か遠巻きにクスクスと笑われることが多い。だから正直、節さんにも近寄りたくはなかった。けれど住職様の言いつけで、墓地の横にある小屋へ盆棚の設えの為に小物を取りに行かなければならない。墓地への道は一本だけ。迂回するならば蛇や藪蚊のわく藪竹を漕ぐことになる。躊躇ううち節さんが私に気付いてしまった。
「…あ…」
箒を使う手を止めて、真っ直ぐこっちを見た節さんの顔の上半分が真っ赤に引き攣れているのが見えた。挨拶しかけた口が開いたまま動かなくなる。
「お早うございます。御勤めお疲れ様です」
小柄でがっちりした頑丈そうな体をちょっと屈めて節さんはにこりともせず挨拶した。
愛想なしだ。
眉の上と肩の上で切り揃えられた強い(こわい)髪が、ぎこちなく揺れる。よく見れば箒を握る手も赤く爛れ、私は何処を見ていいかわからなくなって咄嗟に節さんから目を反らした。反らした目の先に小さな足がある。節さんの足だ。決して細くはない足首に、子供のように小さくて少し内側を向いて揃えられたちょこんとした足。汚れ仕事だから丈の短いものを着て来たのだろう。可愛い足がやけに目立つ。お陰で例によって口が滑った。
「愛らしい足をしていなさりますね」
言ってからしまったと思った。顔を上げると節さんと目が合う。
節さんははっきり顔を顰めていた。
赤い肌の中にあってもくっきりした太い眉が跳ね上がり、意思の強そうな唇が引き結ばれ、黒炭のような真黒な目が真っ直ぐ私を見返す。芯から深く雑じり気のないその黒々とした双眸に妙に引き付けられて目が離せなくなった。痛いように怖い目だ。
暫く見合ううち、節さんは眉を下げて首を傾げた。似つかわしくない可愛らしい仕草だ。悪気なく吹き出しそうになり慌てて舌を噛む。ここで笑ったら取り返しがつかなくなる。