第11章 斎児ーいわいこー
「酒が呑めねぇのは残念だなぁ。呑んべぇなら酒を出しときゃ間違いねぇし、俺の得意は酒の宛なんだ」
自在鉤に鍋を引っ掛けて、路六はふんふんと鼻を爪先で叩いた。
「それにおめぇはあれだ。坊主だもんな。寺にゃ"不許葷酒入山門"とかってのがあるだろ。生臭は生臭でも韮や葱みてぇなもんも駄目だってな?」
「いいえ。私の寺は貧しいもので、頂けるものは何でも有り難く頂いておりました」
合掌。
「…ほぉん…」
「何か?」
「いや、何も。はは、まあ、いんじゃねえのか。おめぇを見てりゃ何だかよくわかる。伸び伸びした御仏様のとこにいたんだな。いいよいいよ。構やしねぇ。煩悩なんてのを片付けちまってねぇものにしちまうよりその方が好きだぜ。俺は」
「…ご斟酌痛み入ります…」
「斟酌なんざしてねぇよ。いちいち拝むなよ。落ち着き悪ィ。しかしなぁ。建前も守れねぇくれぇ貧乏じゃしょうがねえなぁ。そんなことなら廃仏棄釈も結構じゃねぇか?御仏様は酒も生臭も駄目だけどよ、神様ってな"お神酒上がらぬ神は無し"ってくらいでさ。万事鷹揚だ。その分怒らせりゃえれぇことになるけどな」
怒らせればえらいことになりそうなのは、ムレや無理を見ればわかる。
「仏教と神道の違いはそう簡単なものじゃないんだ」
殊更に信心深い訳でもなく、他に仕様もなく御勤めして来た私が語れることではないが。
「人と怪しの違いみてぇなもんかね。全然違うけどどっか似てて、簡単にゃ説明出来ねぇのがさ」
作り置いていたらしい何かをとぷとぷと鍋に注いで、路六は首を傾げた。
「雄と雌もそんなもんかな」
乱暴なことを言う。可笑しくて顔が綻んだ。
「そうかも知れない」
「はは。よく言うぜ。本当にそう思うのかよ?」
「…さぁ。どうかなあ…」
「おいおい。適当な坊主だなぁ」
「ふふ。そうだな。適当だな」
囲炉裏の炭がぱきぱきと爆ぜる音に耳を澄まし、私は口を噤んだ。囲炉裏の火が心地よい。温みと明るさが。
無理の祠で感じたときのような、やるせない心持ちがじんわり湧いて出た。でもこれは祠で感じた胸がいっぱいになって弾けるようなものより温かく、内に籠った切ないやるせなさだ。
子供の頃、何の心配もなく母の膝に寄りかかり、父の背中にしがみついていた頃の、他愛ない記憶を呼び覚まされる。