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第11章 斎児ーいわいこー



「まぁよ。兎に角サクにゃ知らせとくから、今晩はうちでゆっくりしな。ほら、着いた。こいつが俺んちだ」

薄野原のぐるりを回った沢沿いの榛の木の根元、下生えを掻き分けるとぽっかり穴が空いていた。そこが路六の住み処の入り口らしい。
躊躇いがちに中を覗き込んだ背中を路六にどんと突かれた。

「わっ、わ…っ」

穴の縁で手を振り回して踏み留まった私の尻を、路六が今度は足で容赦なく蹴っ飛ばす。

「ああっ」

雨で泥濘んだ下草はよく滑り、私は呆気なく穴に落ちた。

「おどおどすんなぃ。人んちに呼ばれといて、そら礼無し(いやなし)ってもんだぜ」

穴の縁から路六が鹿爪らしい顔を覗かせた。

「……礼を欠いたのは申し訳ないけれど、人を蹴飛ばすのはどうかと…」

尻餅をついて汚れた僧衣をはたく傍らに、路六がぴょんと下りて来た。

「俺は何でも蹴飛ばすしか出来ねぇんだよ。獺にゃ手足の別はねぇだろ?あんのは前足と後ろ足だけ。何やったって足を使う行儀悪になっちまうんだよ。参っちまうな。ははは」

路六の住み処は意外に広く、水辺りなのに湿気もなく乾いて居心地の良いものだった。枯れ草の香ばしい匂いと、木の燻べた匂いがする。丸い穴蔵のよく踏み固められた地べたには囲炉裏が掘られ、その四辺に薄いお座布が敷いてあった。

「寝るときゃごろ寝だ。勘弁な」

そう言って手拭いと継ぎの当たった夜着を渡された。これも枯れ草の匂いがする。
初夏とはいえ、雨の降る宵は冷える。有り難く濡れた衣を拭き、夜着を肩にかけた。

「無理の祠と一緒で、ここも仮宅だ。大したもてなしも出来ねえが、ゆっくり休んでくれよ」

囲炉裏の灰を掻いて火を起こしながら、路六が小さな歯を見せて笑う。その向かいに腰を下ろしたら、我知らず長く深い大きな溜め息が出た。
山に入って、初めて気が楽になった。その安堵の息だ。

「随分気を張ってたみてぇだな。無理もねえか。里とここじゃ、勝手が違うからな」

勝手が違うどころではない。サクの小屋に居ればムレが気になり、表に出てもムレが気になり、無理のところへ行けばあのあしらい、山の気に中られた者の慟哭に我がその身に堕ちて恋しい人に食らいつく夢、気の休まる暇がない。合間合間には自業自得とはいえ寺や節、自分のことをくよくよと思い悩み、体も頭もぎりぎりと張りつめていた気がする。

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