第11章 斎児ーいわいこー
がっくり気の萎えることを言われ、肩が落ちる。
「梅雨入り前にひと稼ぎしときたかったんだろうが、毎年今頃はこんなもんよ。諦めて大人しく山菜(やまな)やら山女魚やら採って梅雨明けを待つさ。この梅雨は俺らも山に逗留することになるかも知れねぇし、サクはいつもほど退屈しねぇだろうよ」
熊笹の道に分け入ることなく、薄野原をぐるりと迂回するように進路をとりながら路六が笑った。どうやら今夜はサクの小屋には帰らないと決め込んで、自分の住処へ案内する気でいるらしい。来たときと方向が全然違う。
「その前に、ちっとお楽しみがありゃあ随分慰まるとは思うけどな?」
断ったことを根気よく匂わせて来る。
「私がどうこうしなくても、その内にまた機会があるだろう?」
堪りかねて言うと、路六はあっさり頷いた。
「そりゃなかねぇだろうよ。それが何時になるかわかんねぇだけでよ」
確かにこの山奥に、次に人が分け入ってサクと関わるのは何時のことになるのか、私にも見当がつかない。
「博打と一緒でよ。これだって思ったらすぐに取っ捕まえねぇと、上手い汐合(しおあい)にゃ鬣(たてがみ)はあっても尻尾がねぇ。取っ捕まえても油を塗った坊主の頭みてぇに掴み辛ぇもんだから、ギッチリ掴んで離さねぇのが肝要よ」
次があるという安易な気持ちでいるのではないと、路六は真面目に私を見上げる。
「山っ気のある荒くれに任せられるこっちゃねぇんだ。売り飛ばされて遠くに連れてかれたりしちゃ元も子もねぇ。ムレや道理、無理の護りが届かねぇところへ行かれちまったら、取り返しがつかなくなっちまう。ちっと頼りねえが、あっちこっち考えると、厂暁。おめぇはえらく都合がいいんだよ。汐合の鬣だ。油を塗った坊主の頭でもあるけどな。ははは」
「この時勢だ。私自身万事安泰という立場ではない…」
「万事安泰なんて奴なんざそもそもいやしねぇ。けど山を越えりゃ御仏様はまだまだ大事にされてるって聞いたぜ?おめぇもそいつを当てにして山越えする気になったんだろ?ちっとでも望みがありゃ縋りたくなるのはおめぇらも俺らも変わりねえのさ」
その通りだ。
山向こうはまだ廃仏棄釈の波は穏やか、仏事に篤い田舎にあれば、ひっそりとこの物騒な時勢を遣り過ごせると踏んで無理を押して山越えに踏み切ったのだ。