第11章 斎児ーいわいこー
「何だ何だ、結局雨を止めちゃ貰えなかったのか」
夕刻、さんざ酌をさせられてげんなりしながら祠を出た私を、大きな蕗を傘がわりに翳した路六が薄野原の出入端で笑いながら出迎えてくれた。
「しようがねぇなぁ。雨降りの山越えは難儀だぞ?」
どうして私の帰りを知ったのか、兎に角約束通り頃合いに迎えに来た路六は雨粒を落とす空を見上げた。
「こりゃ本降りになるぜ。ざんぶり降りそうだなぁ」
そう。無理は晴れ乞いを受け入れてはくれなかった。それどころか早々に雨を呼び寄せてしまったのだ。
「湿気た顔してどうしたよ。無理を怒らせたのか?」
自分のものより更に大振りな茎付きの蕗の葉を差し出して、路六がぴんぴん跳ねた眉を下げた。
「…怒らせ…」
差しかけた蕗が雨を受けてぱつぱつと鳴る音を情けなく聞きながら、気掛かりそうな路六に首を傾げて心許なく答える。
「…たのだろうか」
「あん?本当にはっきりしねぇなぁ、おめぇは」
「怒られたというのとは少し違うと思う。呑気な顔が気に食わないと散々に絡まれはしたけれど。あなたたちの主は絡み酒の口なのではないか…?」
「無理は酒が入らなくたって絡みたいときゃそりゃあ見事に絡んで来るぜ?酒のせいじゃねえよ」
「なら何のせいだと?」
「おめぇの呑気な顔のせいだろ。違うのか?」
「無理の質(たち)のせいではなく?」
「何もなきゃ無理だって絡みゃしねぇよ。おめぇの顔のせいだ」
「…呑気をつけ忘れているぞ…」
「ちっちゃぇこと気にすんな。男は顔じゃねえ。意気地だぜ?」
その意気地がてんでなってないと嘲笑われたのだが、それは黙っておく。
「どうだ、おめぇ今晩は俺んとこに来ねぇか?」
強くなる雨脚に首を竦めて路六が私を見上げて来た。
「雨でも晴れでもどのみち明日にゃ出立ちすんだろ?骨折りして上の小屋まで戻ってサクに不首尾を責められるよか、この近くの俺んとこでのんびりした方がいい。どうせ山越えで苦労するんだ。余計に疲れるこたねぇだろ?」
それも悪くないかも知れない。けれど最後の夜に小屋を空けるのはサクに対して如何にも不義理に思えた。それでなくてもサクの期待を裏切ってばかりいるのだ。八つ当たりを甘んじて受ければせめてもの埋め合わせになるのではないか。
「気にすんな。どっちみちそんな期待してなかったと思うぜ、サクもよ」