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第11章 斎児ーいわいこー



路六は祠までついて来てくれなかった。

「悪ぃんだけどな。今日の祠は俺には開いてねぇから、一緒に行っちゃやれねぇんだ。それにさ、無理がおめぇの世話を焼いてくれるってんなら、俺は俺でよその用を片付けちまいたいからよ」

これで俺も存外忙しいのよと言いながら、路六は手土産にと節の太い竹の吸筒(すいづつ)を渡してくれた。

「途中喉が渇いたらと思ったが、話に入れ込んで呑ませ損ねた。悪かったな。良けりゃ無理と呑んでくれ」

掲げて鼻をよせると酒精が匂った。慌てて顔から離して鼻を摘まむと、路六にからからと笑われた。

「なんだ、おめぇ下戸か。そら道中喉が渇かねぇで良かったな。けどこいつは荒れ凪の根元で寝かした酒だ。そこらの酒とは訳が違う。柳腰の美人が囲って醸した酒だぜ?ちっとだけでも口にしてみな。里に下りたら呑もうたって呑めねぇ酒なんだからよ」

呑めるものなら呑んでみたいが、匂いだけで頭に血が上る様では無理というもの。手土産として有り難く受け取っておくことにする。

「頃合いに迎えに来る。無理の機嫌が良いといいな」

雲の厚い曇天を見上げて苦笑いし、路六は熊笹の道を戻って行った。
それを心細く見送って、祠の方へ向き直る。背中を突くように背後の木立が葉擦れを鳴らしたので、慌てて薄の中へ足を踏み出した。
祠へ近付くに連れて仄かに芳しい薫りがし出した。これも覚えがある。昨日香っていた薫りだ。ムレが独り言するように話していた相手が誰だか分かったような気がした。
宿坊と寺を思わせたこれは多分、無理の薫り。祠の主が放つ薫りだ。乳香のように思われる。この川の神は洒落者のようだ。

「……」

祠の扉は開いていた。が、人ひとり座ればいっぱいになりそうな小さな祠の中を見通す気力など湧く筈もなく、目を伏せて訪いを告げようと口を開いたその途端。

「挨拶は入ってからでいい。疾く入れ」

薄暗い祠の中から素っ気ない声がした。

「顔も見せずにくどくど言われるのには飽いている。さっさと入って来い。二度言わすな」

早くも苛立ちを含んだ声音に慌てて祠へ上がる。
入り端に体ごと向かい壁にぶつかりかねない狭い祠に勢いよく上がったものだから、これはいけないと思わずたたらを踏んだが、誰にも何処にもぶつかることはなく、ただひとりで踏んだたたらの煽りにふらつく羽目になった。

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