第2章 並
並が明け透けに言うと、彦左は救いを求めるように十市を見た。
知らぬ顔で煙管に煙草を詰めていた十市が、眉をひそめて息を吐く。
「並よ、お前の言っている事は、間違ってはおらんが正しくもない。あまり彦左を困らすな」
「お前の訳のわからん問答は沢山じゃ!」
顔を背けた並からばっさり斬り捨てられて十市は苦笑した。
「ならばわしはもう去ぬる事にしよう」
「え?」
思わず目を振り向けると、十市の可笑しげに笑う顔があった。
「もう島に渡る気はなかろう?」
「······」
言い返そうとして並は頭を垂れた。その頭に彦左の武骨な手が載った。
やれやれと十市が燃えさしを取って煙草に火を着ける。
「全く人騒がせな事だったな、並。去ぬる前に迷惑料を払うてもらおうか」
「···迷惑、かけたか?」
渋い顔でぼそりと言った並に、十市は眉を上げた。
「かけなんだか?」
「島には行かぬ。それじゃ駄目かえ」
「いかぬな」
十市は真顔で不貞腐れた並をじっと見た。傍らで彦左が困ったように二人を見比べる。
「十市よ、お前どうしたいんじゃ?」
彦左に問われて十市はうっすらと笑った。
「わしはこの里を出て所帯を持つ。そうしようと言うてくれた男が川の里におる。並よ、お前が要らぬと言うて置いて来た花嫁道具をわしに譲れ」
「···花嫁道具···」
首を傾げた並に十市は頷いた。
「お前のうちにある大珊瑚の事よ」
竈神の神棚が並の頭に閃いた。鮑玉や大針と一緒に鎮座ましましていた、あの不格好な塊。ああ、あれか。何だこいつ、あんなもんが欲しいのか。
「くれてやらんでもないが、あんなもんどうするんじゃ」
並は訝しげに十市を見やった。
「ありゃそもそもわしのもんだ。巡り巡ってお前のところへ行ったが、元はわしの嫁入り道具」
十市が真面目な顔で並を見返す。
「わしが忌み血の所以は畜生腹の産まれだ。父母はわしを捨てて逃げたが、それでも唯一わしに残してくれたのがあの珊瑚よ。万一にでも無事育ち上がり、嫁になる事があればとの心許無い親心があれじゃ」
「···畜生腹?何じゃ、それは」
「兄弟姉妹で契って生した子をそう呼ぶ。禁忌を犯して産まれた子は忌み血を宿すとして疎まれる」
そう言うと十市は可笑しくもなさそうに笑った。
「勝手な話よ」