第11章 斎児ーいわいこー
「サクに炭焼きを教えたのはそいつの知り人よ。山の里のむくつけな男で、ほんの半月くれえ、サクに炭焼きを教える為にここに逗留してた。サクに言わせりゃ半分寝惚けた梟みてえな奴だってが、なかなかどうして、俺なんかから見りゃ情のありゃ芯もあるしっかり者でよ。それが証拠に、それからずっと…もうずっと、サクの炭はそいつの里で買い上げてる」
山の里。山に里があるのか。麓まで下りなければ里はないかと思っていた。
「山の里たって、ここよりゃうんとこ下、麓近くにあんだよ。ここらにゃ滅多と人の気はねぇよ」
こんな深山はまともな人の居ていいとこじゃねえ。中られるからな。
そう続けた路六は振り向いてじっとこっちを見た。
「でもおめぇはあんまりまともじゃなさそうだ」
「え?」
心外な。破戒坊主であることは認めても、そこまで言われる謂れはない。
眉尻を下げて当惑する私に、路六はにやりと笑って肩を竦めた。
「ま、兎に角よ。考えてみてくれ。どっちにしろサクに連れられて山を越えんだろ?ついでにサクに息抜きさせてやっちゃくんねぇかってだけの話なんだ。そう大層なこっちゃねぇ」
ムレのことさえなければ。
今もムレに隠れてこの話をしている。サクを里に連れ出すのは路六の言うような簡単なことではない。それは路六もわかっている。だからこの道を選んだのだろう。
「私はムレにサクを里に連れては行かないと約した。違える(たがえる)訳にはいかない…」
葉擦れがしないかと耳を澄ませながら小声で言えば、路六も耳をぴくぴくさせながら小声で言い返して来た。
「ムレが山の神なら道理は里の神だ。おめぇ、世話してくれた里の神の顔に泥を塗んのかい?」
これでは脅しだ。しかし、理がないとも言えない。言えないが、それでもとてものこと引き受けられるものではない。
何しろムレが怖い。
「…道理の望みとあなたの言っていることは中身が違う。どちらにも応えかねる」
「ふーん?案外しぶといな。まぁ考えてみてくれよ。考えた末にころっと気が変わってくれんなら、何遍断られてもこっちは一向に構わねぇからさ。まんまサクを里に盗られるって話でもねぇんだ。持って行き方によりゃムレだって首を縦に振るかも知れねえしな。………もしかしたら…」